第42章 叶えられていく思い 祝言
「仕方ない。私たちは皆、母上の事が大好きだからな。まぁ結局父上には勝てぬのだが…」
そしてそんな夫婦像は、皆の憧れでもあった。
「吉法師様は、この旅には反対ではないので?」
「私は、お二人が幸せであれば何も言う事はないよ。母上は私たち子供のため、城のため、民のためによく頑張っておられた。後は私たちがそれを引き継ぎ頑張る番だ。私には秀吉、お前がついているしな」
「吉法師様、なんてもったいないお言葉」
「あっ、秀吉さんっ!吉法師っ!来てくれたの!?」
感無量の秀吉に気づいた空良は、手を振って愛息と秀吉の名を呼んだ。
「母上、ご無沙汰しております」
走って駆けてくる子供の様な母に吉法師は笑みをこぼす。
「空良、変わらず元気そうだな」
「秀吉さん、吉法師も、わざわざ大坂から来てくれなくてもよかったのに」
信長は数年前に家督を吉法師に継がせ、同時に日ノ本の中心をこの安土から大坂へと移していた。
新たに建てられた大坂城には吉法師の家族が住み、後見人として秀吉と三成が同行している。
「来るなと言われても来ますよ。彩菜ではありませんが、文をもらって一月も経たぬ内に出発とは…、そもそもなぜこんな急に外国になど…?」
「此奴の希望を叶えるためだ」
吉法師の疑問に信長が答えた。
「えっ?母上っ、真ですか?」
「う、うん。きっかけではあるかな?」
納得のいかない顔の五人の子供達に、空良は少し前の出来事を話し始めた。
〜ある夜〜
「わぁっ、美味しいっ!」
五番目の末息子の元服を無事終えた夜、私は天主で信長様と頂き物の葡萄酒で晩酌をしていた。
「この間の葡萄酒…じゃなくて、わいん?も美味しかったですけど、このわいんは甘くて葡萄の香りもふわっと口の中に広がりますね」
元服のお祝いの品の中にあったわいんを飲みながら、私はわいんの味の感想を述べた。
「ふっ、出会った頃は酒すら飲んだことがなかったのに、すっかりその道の達人の様な口ぶりだな」
「っ、毎晩のように付き合えば誰でもこうなります」
祝言を挙げたあの夜から、日ノ本を一つに束ねる政務に追われる忙しい信長様との唯一の二人きりの時間がこの天主での晩酌だった。