第42章 叶えられていく思い 祝言
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「母上、忘れ物はございませんか?」
「ふふっ、彩菜は心配性ね」
「心配位させて下さい。いきなり外国に行くだなんて…、どうしてこんな急に」
安土の港で、私の手を取り心配そうに見つめるのは次女の彩菜
「そうね、あなたにはきっと急な事だったわよね」
「そうですよ、母上に明日から会えないなんて私…」
「あなた達の事は兄上にお願いをしておいたし、紗奈や二郎もいるわ。それに困った時は大阪城にいる吉法師夫婦や秀吉さんを頼りなさい」
「私は母上にもっと側にいて欲しかったのに。せめて私のお輿入れが決まってからでも」
「彩菜…」
「姉上っ、姉上の事は私がお守りします。安心して下さい」
私に縋り付く彩菜に声をかけたのは、まだ元服したばかりの三男で末っ子の三郎だ
「何よ、生意気に!ちょっと元服したからって一人前の顔しちゃって!ほんの少し前まで母上と一緒でなければ眠れなかったくせに」
「ひ、ひどいっ!それを言うならば姉上だって…」
「何よ、やる気?」
ぎゃあきゃあと、私の前で兄弟げんかが始まった。
「貴様らいい加減にしろ!空良が困っておる」
「「父上っ!」」
低く威厳に満ちた声が二人の仲裁に入る。
「も、元はと言えば父上が母上を連れて外国に行くなんて言うから…、そんなに外国に行きたければ父上だけ行けばいいのにっ」
彩菜は引き下がる事なく信長様に食いついた。
「何を言うかと思えば、俺の側に此奴がおらねば意味はない。貴様らには約20年もの歳月、此奴を貸してやったのだ、そろそろ俺に返してもらう」
信長様は愛娘の訴えをいとも簡単に跳ね除けた。
「はぁっ!父上が母上を私たちに貸してくださったことなんて一度もないではないですかっ!」
彩菜も負けじと言い返し、今度は娘と父との言い合いが始まった。
「あーあ、また始まりましたね。空良の取り合いが…」
少し離れた所からそれを見る秀吉は肩を上げ、やれやれとばかりに隣に立つ吉法師に話しかけた。
信長とその子供達の空良の取り合いは日常茶飯で、今やこの安土の名物だった。