第42章 叶えられていく思い 祝言
「そうだ。前に貴様に酒を勧めた時、貴様は夫となる者と祝言で初めての酒は酌み交わすと答え拒否し、再度勧めた時には、俺に天下を取れと。さすれば一緒に飲むとそう答えた」
「……っ、祝言の時も思いましたが、そんな前の言葉をずっと覚えてくれていたんですかっ!?」
本当に信長様の記憶力と想いの深さには敵わない。
けれどその日の事なら私もよく覚えている。
だってそれを言った日は、信長様の元を去る事を決めた日で、去った日だったから…
何を言っても酒を飲めと言って引き下がってくれなさそうな信長様に、天下を取った暁にはそのお祝いとして一緒にお酒を飲むと苦し紛れに言った。
「忘れるはずが無い。約束したにも関わらず、貴様は俺から逃げたからな」
「…っごめんなさい。でもあれは私にとっても、辛くて苦しい夜でした。信長様と永遠の別れだと思ってましたから」
あの、身が引き裂かれそうな程に苦しい思いはきっと生涯忘れられない。
「ふんっ、俺から離れようなどと、無駄な事を思ったものだ」
「すみません。…あっ、私が…」
お銚子を手に取った信長様に気付き慌ててその手を止めた。
「構わん、初めての晩酌だ。俺に注がせろ」
「っ、恐れ入ります」
(なんて贅沢な晩酌…)
盃を手にするとお酒が注がれ、膳の上に乗ったもう一つの盃にも信長様はトクトクとお酒を注いだ。
「俺は天下人となり、貴様は俺の妻となった。もう月に帰ることも、離れる事も出来ぬしさせん。分かっておるな?」
「はい。これからは信長様の妻として、信長様を少しでもお支えできる様に頑張ります。不束者ですが、末永く宜しくお願いします」
お互いの盃をカチっと合わせて私達はお酒を一緒に飲んだ。
「…あ、このお酒は…祝言の時のお酒とはまた味が違いますね」
「…?貴様、本当に初めて飲むのか?まるで酒を良く知っておるかの様な口ぶりだな」
「もう、すぐ揶揄う。…でもこのお酒…美味しいかも」
(苦くて全然美味しく無いよ、と小夜ちゃんは言ってたけど)
「ふっ、これは意外と早く、酒に色づく貴様を見られそうだな」
「…っ、そうならない様に気をつけます」
初めてのお酒は喉元を熱くし、甘さとほろ苦さを口内に広げる。それはまるで信長様の様でハマってしまいそうで…、決してお酒にだけは溺れない様にしようと、固く心に誓った。