第42章 叶えられていく思い 祝言
襖が開くと、大広間に座る者全てが一斉にこちらに視線を向けた。
「………っ」
「だから、信長様以外誰もあなたを見ていないわ。皆が見ているのは私よ。安心して」
一瞬で緊張が頂点に達した私に気付いた菖蒲様は、こそっと耳打ちしてくれた。
「は、はい」
大きく深呼吸をして前を向くと、穏やかな笑みを浮かべる黒羽二重姿の信長様と目が合った。
「……っ」
今度は余りのカッコ良さに心の臓が跳ねる。
(遠目からでも分かる。何であんなにカッコいいの?)
緊張で早打ちしていた胸は、途端にドキドキと違う鼓動を刻み出す。
「ちょっと、何見惚れてんのよ?」
目が釘付けで歩みを止めてしまった私の肘を、菖蒲様がツンっと突いた。
「あっ、ごめんなさい」
(だって本当にカッコいい)
愛しい人の晴れ着姿にうっとりしながら再び歩き出した私には、集まった客人たちの視線はもう気にならなくなった。
一歩、また一歩と、大広間の上座にゆったりと座る愛しい人に見守られながら歩いて行くと、私の手は菖蒲様から信長様へと引き渡され、その手の導くまま信長様の隣に腰を下ろした。
「随分とゆっくりな登場だな。日が暮れるかと思ったぞ?」
握った手をそのままに、信長様は私を見ていたずらな笑みを浮かべた。
「廊下を行く先々で、皆から祝福を受けておりました。あとは、着物の裾を踏んで転んでしまわないかが気になってしまって…」
「ふっ、この信長の、天下人の妻が打掛を着慣れておらんとは、いかにも貴様らしい、愛らしい理由だな」
信長様はくくくっと、声を抑えて本気で笑っている。
「もう、こんな時まで揶揄わないで下さい。そうでなくとも今日はいつも以上に緊張して口から心の臓が飛び出しそうなんですから…」
「では、その愛らしい心の臓が飛び出す前に交わしておくか」
「えっ?」
信長様が視線を移した先を見ると…
「あ…」
私たちの目の前に、一つの膳に乗せられた大中小の盃が運ばれて来た。
(三婚の儀だ)
三婚の儀、別名三三九度。
一生涯を共にすると誓い合った男女が同じ酒を飲み交わし夫婦となる儀式。