第42章 叶えられていく思い 祝言
「ばかっ、こんな事で泣くなっ!俺の命が無くなるだろ」
「えっ?」
(何で?)
化粧が取れないように、秀吉さんは焦った顔を見せながらもそっと私の目頭を着物の袖口で押さえてくれる。
「お前は幸せになっていいんだ。早く行け、信長様が首を長くしてお待ちだ」
「…うん。ありがとう秀吉さん」
安土に来て一番厳しい言葉をもらった人で、一番優しく世話をしてくれた人。
「行ってきます」
「おう、俺も近くに控えてるからな」
「はい」
兄の様に慕っていた人の笑顔を背に、私は菖蒲様に手を取られ、廊下を歩き出した。
庭先からおめでとうございますとの声を受けながら廊下を歩いて行くと、次は三成君が笑顔で迎えてくれた。
「三成君」
「空良様、とてもお綺麗です。この度は真におめでとうございます」
「三成君、ありがとう」
秀吉さんと三成君は信長様直属の部下だから、家康や政宗と違って婚儀の広間に入る事は出来ない。だからこうやって待っていてくれたんだ。
「あ、あと、昨日のあの書物…ありがとう…ね?」
「ああ、あの書物、気に入って頂けましたか?光秀様からのご推挙で、空良様のお知りになりたい事がきっと書かれていると…」
純粋に微笑みながら話す三成君に、またしても光秀さんのちょっとした揶揄いだと理解する。
と言うのも、昨夜自分の部屋へと戻って少しした頃に三成君がやって来た。
・・・
『空良様、夜分にお休みの所すみません』
『三成君?ううん、吉法師も眠った所だし大丈夫。どうしたの?』
(三成君が訪ねてくるなんて珍しい…)
『これを空良様にと思いまして。明日の祝言が終われば空良様は信長様の正室となるわけですから、正室としてのイロハを説明した書物をお持ちしました』
いつもと変わらぬ天使の様な微笑みを浮かべ、三成君は私に一冊の書物を手渡した。
『…これ、三成君が探してくれたの?』
『ええ、勝手な事だとは思いましたが、天下人の妻は重役ですからね。これから先もし悩まれた時には是非この書物をお使い頂ければと思いまして…』
『わぁ、ありがとう。これを読んでたくさん勉強するね』
『はい。頑張ってください』
にこりと屈託のない笑顔を向ける三成君に、私は何の疑問も抱かなかった。