第5章 心の内
「とりあえず、俺に毒が効かん事は空良には言うな。明日一日、俺は病に伏せっている事にして、空良が実行した毒が効いているのだと密偵に思わせる。いいな」
「はっ」
「そろそろ戻ってくる頃だな」
信長は襖の方をチラリと見て笑うと、嬉しそうに閨へと行き褥に横たわった。
暫くすると、パタパタと急いで部屋へ走る足音が聞こえてきた。
「信長様、お薬です」
薬を手に急いで部屋へ入ってきた空良は、先ほどまで信長が寝転んでいた所に信長がいないことを確認すると慌てて閨へと入り、褥に横たわる信長の横に腰を下ろした。
秀吉の記憶が正しければ、空良は広間で家康に会って以来会ってはいないだろうし、それは短時間の事で、しかもあの時家康は名乗ってはいない。
とすれば、今目の前のこの娘は信長の為に必死で周りに家康のことを聞いて探し出し、薬をもらってきたことになる。
信長の言う通り、家康に薬をもらいに行く振りをしてこの城から逃げ出す事ができたはず。
だが目の前の娘は不安げな顔をして信長を心底案じている様に見える。
以前、光秀に広間へと連れてこられた時の噛みつく様な雰囲気は、全く感じられなくなっていた。
信長が、この天主に空良を閉じ込めて十数日、二人の間には確かに何かが芽生え始めているのかもしれない。
信長に薬を渡そうとする空良の白くてか細い手首を見ると、先程強く掴んだ秀吉の手の跡が痛々しくついていて、秀吉の心がちくりと傷んだ。
「空良、薬を飲ませろ」
「はい」
空良は薬を飲ませる為信長の体を少し起こそうとした。
「阿呆、辛くて起き上がる事はできん。貴様が口移しで飲ませろ」
「えっ!?」
真相を知っている秀吉から見れば、信長の顔色は良く、空良をからかって遊んでいる事は明白だが、信長は毒に侵され辛い状態だと思っている空良は顔を真っ赤にさせ、躊躇いながらも薬を口に含み、ゆっくりと信長の唇に重ねて飲ませた。