第5章 心の内
「.................さて」
空良が部屋から出て行き足音が聞こえなくなると、信長は身体を起こした。
「信長様......毒は大丈夫なんですか?」
秀吉は起き上がった信長の顔を覗き込む。
「なんて事ない。俺に少量の毒が効かんのは貴様も知っておろう」
「それはそうですが、しかしいくら毒の耐性訓練を積んでいるとはいえ、本能寺の時のように、信長様の許容を上回る量が塗ってあることも考えられます。それなのに、ご自身で刺したというのは誠でございますか?」
「ふっ、ただの余興だ。強情で死にたがりな女の気を引くためのな」
「何て無茶を......」
「それより、どうやら空良の背後にいる連中が動き出した。ここまで入り込み空良に毒針を手渡すとは、中々に優秀な密偵がいると見える」
信長は楽しそうに口角を吊り上げる。
「空良を今すぐ尋問すべきです。それでなくても、信長様の命を狙うなど、極刑に処されるべきものを......」
「空良は、例え拷問されても口は割らん。生きようとする意思が奴にはないからな」
確かに、先程空良を斬ろうとした時も、まるでそれを望んでいるかの様に空良は目を閉じて受け入れようとしていた。
「今後いかなる事があろうと奴を傷つける事は俺が許さん。先程の様に斬りかかる事も二度とするな。」
信長の牽制に、納得のいかない秀吉は質問を続けた。
「なぜそれ程にあの娘を庇うのですか?まさか本気であの娘に.....」
「ふっ、惚れておると言ったら、どうする?」
秀吉の反応を楽しむ様に、信長は質問を返した。
「お、俺には理解できません。美しい娘だとは思いますが、自分の命を狙う用な者を手元におきたいとは思いません」
ましてや、自身の命をかけて気を引こうとするなど....
「ふん、貴様らしい、真っ当な意見だな」
信長はそう言いながら、床に転がる針を拾い取った。
「..........阿呆な奴だ。秀吉など呼びに行かず逃げればいいものを.....まぁ、逃げたところで必ず捕まえるが...」
くくっと、針を見ながら笑う信長は、秀吉が見たこともない程に楽しそうな顔をしている。