第39章 台風一過 後編
「信長様の事をその様に話す人物にも、女人にも初めてお会いしましたし、とても貴方様が大切にされているのだと、感銘を受けました」
日饒はそう言い終わると姿勢を正し頭を下げた。
「私ども妙覚寺、いや日蓮宗一同、これまでの空良殿への所業をお詫び申し上げると共に、今後は空良殿への忠誠を誓わせて頂きます」
空良の努力がまた一つ実を結んだ瞬間であった。
地位も名誉も財力も、何も持たぬ娘が、その清らかな心一つで寺の者の心と朝廷を動かし、認めさせたのだ。
「……あと、これはお返し致します」
「……やはり、貴様が隠しておったか」
日饒が修行僧達に持って来させた物は、上洛した日に紛失した空良の荷物一式だ。
「あの宴に空良殿を行かせるわけにはいきませんでしたので……」
日饒のこの言葉には、あの日の、尾張並びに全ての織田に与する者達の総意が感じ取れた。
あの日、無理を押し通して空良を宴に連れて行っておれば、奴はもっと傷ついていたのやもしれん。
「もう済んだ事だ。これは、寺の裏庭にでも落ちていたのだと言って奴に返してやれ」
「本当に、それで良いのですか?私は僧侶ですが、此度は切腹も覚悟していたのですよ?」
日饒は俺の言葉に驚き目を見張る。
確かに以前の俺ならば、想像を絶する死をもって償わせていたのやもしれん。
「奴は誰の死も望まん、大切な物が見つかり自分の元へ戻って来た。それだけで涙を流して喜ぶ。そう言う奴だ」
「心優しき女子(おなご)ですね」
「ああそうだ、この俺が、すっかり骨抜きにされるほどにな」
空良と出会い、初めて人の心に興味を持った。
嬉しい気持ちも、焦る気持ちも、愛おしく震えるような気持ちも、空良と出会っていなければ、俺が知る事は一生なかっただろう。