第39章 台風一過 後編
「菖蒲様、頭を上げて下さいっ!私はこの通り無事ですし、あれはもう終わった事で、菖蒲様のせいではありません」
本当にあの事件は、起こるべくして起こったのだと、私は思っている。
「あなたがそう言って何も申し立てをしなかったおかげで、今この日ノ本は大きな戦にならず、逆に一つになろうとしてる。帝も、あなたのその寛大な心には畏敬の念を抱くとおっしゃっておられるわ」
「そんな、畏れ多い事でございます」
本当にあの事件は、言わば私のお家騒動の続きみたいなもので、そのお家騒動に信長様含め、京の人々を巻き込んでしまったと言う気持ちの方が強い。だから、誰も責任を感じることも、謝る必要も無いのに……
「今日ここに来たのは、あなたにこれを渡したくて」
菖蒲様が侍女に目で合図を送ると、侍女は立ち上がり、大きな漆の木箱を私の前に置いた。
「これは?」
「開けてご覧なさい」
「?……はい」
豪華な木箱の蓋を開けると、
「これは……っ!」
木箱の中には、見事な刺繍の施された純白の小袖と打掛が入っていた。
「これを帝からあなたに。是非、信長様との婚儀の場で着てほしいと」
「帝が…私に!?………でも、こんな、こんな高価なもの頂けません」
帝からなんて、そんな言葉を聞いては、この着物に触れる事さえ恐れ多くてできない。
「じゃあ、信長様も諦めるのね?」
「ええっ!?」
何でそうなるの?
「こんな事言いたく無いけど、信長様の婚儀には、各国から名だたる大名が集まって盛大なものとなるわ。その時に着る婚礼の衣装をあなたでは用意できないでしょう?それでは、信長様に恥をかかせる事になるけど、それでいいの?」
「それは…」
確かに、祝言の衣装やお輿入れの調度品は全て妻となる側の家が用意するのが当たり前ではあるけど……
(※夫となる男性側からの結納金で用意するのも一般的だが、妻側からの持参金がわりに用意するのも当たり前とされていた)
祝言などは、皆に認めてもらうまではできないと思っていたから、正直まだ、そんな事まで考えてなかった……いや、考えたところで用意できる財力などないけど……