第39章 台風一過 後編
「じ、じゃぁもう少し、口づけてもいいですか?」
生死を彷徨って以来、私の欲望のタガもどこかおかしくなってしまったのか、信長様を欲する気持ちが前よりも抑えられなくなっていた。
悟りを開かれたのなら遠慮なくとばかりに、信長様の首に腕を巻きつけて大好きな人に再び口づけようとすると……
「阿呆、常に悟りを開けるわけではない。むやみやたらと俺に触れるな」
「いたっ!………ごめんなさいっ」
なんとも俺様な理由を困った顔で言われ、ピンっと、額を指で弾かれた。
「……どこへ行くつもりだった?」
(あ、そうだ、私大人しくしていないのを見つかって連れ戻されたんだ)
「あの、前に私がいた部屋に忘れ物がないかを確認しようと思って…」
「そんな事だろうと思った。その手に持つ手ぬぐいで、掃除もするつもりであったか?」
チラッと、私の手に握られた手ぬぐいを見て信長様は呆れた顔をする。
「………はい。おっしゃる通りで……」
(本当にいつも、何もかもお見通しで…)
「貴様の荷物など、元々ほとんどが紛失しておってあの部屋から引き上げて来る物などあまりなかったと聞いておる、掃除も他の者にさせたゆえ案ずることはない」
「…そうですか。すみません。ありがとうございます」
そう言えば、あの祝賀会の前夜の宴に参加する為の衣装一式は、結局紛失したままで見つからなかった。
「あの…、あんなにも祝賀会の為に用意してくださった衣装や小物一式をなくしてしまって、しかも出席も叶わずでご迷惑をお掛けして、すみませんでした」
もう随分と前の話の様に思えるけど、あの日、大名屋敷で開かれた宴に行く為の衣装一式をなくしてしまった事も謝れていなかった。
「……あれは、貴様のせいではない。それに物がなくなった事も宴も大した事ではない。貴様が無事で笑っているのなら、俺はそれだけでいい」
「信長様……」
長い指が頬に触れると、綺麗な顔が下りて来て唇が重なり合う。
「ふっ、貴様とおると、口づけが止まらんな」
「っ、私からはダメなのに、信長様からはいいなんてずるい」
私からだって、させて欲しいのに……