第39章 台風一過 後編
麻も今日は出立の準備で忙しくていないから、こそっと内緒で掃除もしてしまおうと、手ぬぐいを手に部屋を出た。
(大丈夫、誰もいない。今のうちに…)
きょろきょろと辺りを見回しながら部屋を出た途端、
「おいっ、どこへ行く」
低くてよく通る声に呼び止められた。
「っ…………あの」
(何でいるの?ちゃんと確認したのに)
その声で動きを止めたものの、それが誰だか分かっているだけに、怖くて振り返ることが出来ない。
「元気になった途端にこれか?俺に何と言われたか言ってみよ」
足音と、更に低くなった声がどんどん自分の背中に近づいて来る。
「………あの…大人しくしっ、きゃあっ!」
突然体が浮いてそのまま部屋へと連れ戻された。
荷物を運び出す者たちが驚いて私たちに視線を移す。
「のっ、信長様っ、降ろして下さいっ、皆見ておりますっ!」
「ふんっ、いつも言っておるが、見せてやれば良い」
「……なっ、…んっ」
抱き上げられたままの状態で、唇が重なった。
「っ………ん!」
するりと差し込まれた舌に、軽く啄むだけでは終わらない口づけだと分かる。
「んっ、……まっ……んんっ」
片手で私を抱き上げ、もう片方の手で私の頭を支えて口づける。私の好きになった人は、誰よりも逞しくて男らしく、口答えの許さない甘い口づけを落としてくる。
「ん..」
こんな口づけをされたら、もう受け止めるしかない。周りの事はどんどん霞がかかった様に気にならなくなり、愛しい人との口づけに夢中になった。
「んっ………はぁ、」
唇を離す頃には周りには誰もおらず、信長様も腰を下ろして私を横抱きにして座っていた。
「………っ、……また、信長様が辛くなるんじゃ……」
あの夜の事を、ご飯での仕返しで受けている私は、不安になり信長様を見た。
「ふっ、貴様に触れられん方が逆に辛い。それに俺は、一昨日の夜に煩悩と戦い悟りを開いたからな。ちょっとやそっとじゃもう揺らがぬ」
「そ、そうですか」
口角を上げ俺様な笑みを浮かべるこの人が好きで好きでたまらない。