第39章 台風一過 後編
(は?)
慌てて振り返り見れば、空良が己の帯に手をかけ解いている。
「……っ、貴様、何をしている!?」
「……………」
空良は俺の問いには答えず、顔を真っ赤にしながらも、無言で帯を解いていく。
「………っ、よせっ、やめろっ!」
空良に走り寄り、奴の手を掴み止めた。
もう頭の中は、籠城を決め込む城主の気分だ。
大人しいと思っていた隣国から急に攻められ策を講じることができず、城に籠り援軍を待つための時間を稼ぐ。
だが、この籠城に援軍は来ぬ。とすれば一手を打つしかない。
「いつもの貴様らしくないな。如何した?」
先ずは、敵(空良)への和議(理解)の申し入れだ。
「……口づけだけですまなくても、私は構いません」
奴はホロリと涙を一粒こぼし、焙烙火矢ばりな言葉を放った。
「…………っ、」
城(俺)はそれにより、かなりな痛手を受けた。
だが、
(いや、怯むな!)
「………出来ぬと、言っておる。医師にも安土に戻るまでは待てと言われておる。抱くわけにはいかん」
俺は再度、愛しい敵(空良)との和議を試みた。
「………今日はもう、三食全てを食べましたし、悪阻も治りました。私の身体は元通り元気になったんです。もう安土に戻れる身体になったのに、どうして安土に戻れば良くて、今夜はダメなのですか?」
「それは……」
愛しい敵(空良)は、俺の城の城門を容赦なく叩き、こじ開け始めた。
「……私にだって、信長様に口づけて抱かれたい夜はあるんです。それが今夜で、信長様も私をと思ってくださっているのに、何がいけないのですか?」
「っ、その様なこと……、俺とて、貴様を抱きたいに決まっておる」
現状はもう籠城ではなく、水攻めの状態だ。
俺は既に、逃げ場を失っている。
「一つに…なりたい。信長様を深く感じたいんです」
空良は俺の手をやんわりと退けると、再び帯を解き始め、とどめの一言を放った。
「…………っ」
この破壊力たるや……
どんな過酷な戦況もくぐり抜けてきたはずの俺の欲望のタガは、カタン、と、空良の言葉で簡単に外れ、城を開け渡した。