第39章 台風一過 後編
「………っ、それだけ…ですか?」
空良は大きな目を潤ませて俺を見つめる。
「っ……これだけだ」
「前は、…前はたくさんしてくれたのに、やはり私が汚れてしまったからですか?」
義昭に組み敷かれ、胸元に歯を立てられた事を気にしている空良は、体は許さなかったものの己が汚れてしまったのだと責めていて、俺の煮え切らぬ態度に、それを持ち出してきた。
「それは断じて違うっ!」
そこは既に俺が何度も口づけ消毒し終えている。
それに、そんな事で抱けなくなるほどの半端な気持ちは奴に対して持ち合わせていない。
「では………」
空良は目を閉じて奴から唇を重ねて来た。
「っ…………」
(やばい、今すぐ離れなければもう……)
普段からは考えられない程に積極的な奴の態度に呑み込まれる前に、俺は奴の肩を掴み押して体を離した。
「………だめだ、あまり煽るな」
「信長様?」
「今、貴様を抱くわけにはいかぬ。貴様とて分かっておるだろう?」
「っ、口づけだけで、いいんです」
無駄に可愛い俺の恋仲は、俺の下半身事情にはお構いなしに、更に強請り顔で俺を見つめる。
「空良、聞き分けろ」
「い、嫌です」
「空良っ!」
こんな空良は本当に珍しく、余裕をどんどん奪われていく俺は、声を荒げてその場から立ち上がり部屋を出ようと襖に手を掛けた。
「っ、信長様っ!」
「………俺は貴様とは違い、”口づけだけ”では終われん。今も必死で堪えておるのに、これ以上煽れば何をするか分からんぞ」
「………………」
キツい言い方だと分かってはいる。ましてや、空良に背を向けているこの状態でも、空良がどれ程に寂しそうな顔をしているのかも想像がつく。
だが俺自身、平静を保つのが精一杯で……
「分かったのなら聞き分けろ。少しだけ外で頭を….」
冷やしてくる。
と言いたかったが、その言葉を言う前に、シュッ、シュッと、帯を解く衣擦れの音が耳に届いた。