第39章 台風一過 後編
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「ご馳走様でした」
夕餉の膳を全て平らげた空良は、嬉しそうに言葉を唱えて俺を見た。
「朝、昼、夜と全て完璧だ。約束通り安土に連れ帰ってやる」
「本当ですかっ!」
「ああ、二言はない。明日から早速帰り支度を始めよ」
「はいっ!」
無邪気に笑うその顔は久しぶりで、俺の手は自然と膳を退け空良を欲してしまう。
「…………んっ」
気づけば、空良の頭を支える様に唇を貪っている。
頭では分かっていても、身体は抱きたいと、奴を抱きしめる腕を緩めようとしない。
(だが、ダメだ)
空良が悩まし気な声をこれ以上漏らす前に俺は唇を離し、同時に空良の身体も引き離した。
「っ、……はぁ、…信長様?」
湯浴みも夕餉も済ませ、あとは寝るだけとなった俺が空良に口づけて抱かなかった夜など、まだ賭けで奴を縛り付けていたほんの最初の頃だけで、それは空良も分かっているのだろう……
俺の態度に、空良は明らかに戸惑いを見せた。
「今日も疲れたであろう?そろそろ寝るか」
「あの……」
「どうした?」
「………もう少し……」
空良は何かをぼそっと呟いたが、奴の口からは普段あまり聞かれぬ言葉で……
「なに?今何と言った?」
聞き直すと、
「っ、……あの、もう少し…口づけ……たい。です」
かぁ〜っと、分かりやすく顔を赤くしながら、
奴は俺に言葉を伝えた。
「…………っ」
空良から何かを強請るなど、ましてや口づけを強請るなどはあまりなく………、いつもの俺であれば、奴が息苦しさを訴えたとしても止めてやらん程に呼吸を奪ってやるのだが……
「貴様には珍しく、今宵は欲しがりだな」
平静を装い理解を示したフリをして、俺は軽く触れるだけの口づけを空良の唇に落とした。