第38章 台風一過 前編
「私、……信長様に、謝らなければいけない事があるんです」
「謝る?」
「はい。……私…、実は死んでもいいって、思ってしまったんです」
「ほう、聞き捨てならんが続けよ。先ずは話を聞いてやる」
「……私、母上に会って、お腹の子がもう死んでしまったって聞いて悲しくて、何も考えられなくなって、それなら私も連れて行って欲しいってお願いしたんです」
「それで?」
「もちろんダメだって。信長様を置いて本当に逝けるのかって聞かれて……」
「貴様は、何と答えた?」
「あの…」
「どうした?何を聞いても怒ったりはせぬ。話を続けよ」
「っ、……私がいると皆が不幸になるから、……私は傾国の姫だから、信長様を不幸にしてしまうから、信長様とは一緒にいない方がいいと、答えました」
「……そうか」
肩を震わせ言葉を紡ぎ出す空良を腕の中に閉じ込めた。
「っ、……怒らないんですか?」
「何だ、怒ってほしいのか?」
「いえ、でも……」
怒らぬと言っておるのに……俺が日頃、些細なことで腹を立て仕置きをするからなのか、空良は俺が怒らぬ事に不思議そうな反応を示す。
「ふっ、それ程仕置きされたいのであれば、話を聞いた後でしてやる。して、貴様の母は貴様の言葉を聞いて何と?」
「えっ?あの…そんな事はないって、幸せだったと、言ってくれました」
「俺も同じだ。前にも言ったが、貴様と共に過ごす様になってから、俺は毎日が楽しくて幸せだ。貴様のいない日々にはもう戻れん程にな」
出会う以前の己はもう思い出せない程に、貴様との日々は俺にとってかけがえのないものだ。
「っ……私も、私も信長様と出会って、毎日が楽しくて幸せで、だから、お腹に子がいると分かった時は嬉しくて……なのに、…なのに私は守れなくて……」
空良はお腹に手を当て申し訳なさそうに腹の子を撫でる。
「空良、貴様は何も悪くない。貴様と子を守るのは俺の役目で、此度の事は全て俺の責任だ。貴様は俺と子のために良く頑張った。何も責める必要はない」
空良が腹の子の事を俺に伝えられなかったのも、攫われその身を危険に晒したのも、俺が、俺の思いばかりを優先させた結果に他ならない。