第38章 台風一過 前編
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「御館様」
空良が深い眠りについたのを確認し部屋の外へ出ると、光秀が書状を手に廊下で待ち構えていた。
「……光秀、貴様は確か、家康と共に安土へと帰した筈だが、ここで何をしておる?」
空良の回復を待つ俺に代わり、光秀達は先に安土へと戻り、秀吉と共に城のことを任せていた。
「はっ!朝廷より急ぎの書状を預かりましたので馳せ参じました」
「ふんっ、光秀、貴様はいつから朝廷の犬になった?」
書状の内容を分かっている俺は、光秀に嫌味を落とす。
「帝に泣きつかれましては、私としても無視するわけにはいきません。それに、この話は御館様にとりましても、悪い話ではないかと…」
「…………確かに…そうだな」
空良が寺より攫われて今日まで、実に様々な動きがあった。
三姫との縁談を勝手に持ち上げた挙げ句、あろう事かその姫の嫉妬心から織田家当主の正室となるべく寵姫を攫い、その命を危険に晒した今回の事件は軽視できるはずもなく、朝廷を巻き込んだ西の日ノ本全土を巻き込む戦となってもおかしくなかったが、空良のたっての願いで、織田側から三姫への異議申し立ては行わなかった。(既に戦支度を始めていた俺を含む、空良以外の全ての者は不服であったが…)
だがこれにより、当初は批判的であった朝廷の態度が一変、急な動きを見せた。
毛利元就が生存していることを隠し、偽の当主を立てていた毛利へは朝廷より厳しい叱責がなされ、今後は毛利の代理であった男を当主に据え、毛利元就と手を切り織田の傘下となることで和議が成立。それにならい、他の大名達も織田との和議へ向けて動き出した。
朝廷からは、三姫達の空良への所業を詫びると共に、足利義昭へは将軍職を辞するよう要請。だが義昭はあの日から毛利元就と共に行方をくらましており未だに行方が分かっていない。
そして今朝廷内では、俺を太政大臣、関白、征夷大将軍の何れかに任ずるとの声が上がっており、俺はそれを断わり続けている為、朝廷が光秀に書状を送り、俺を説得する様に頼んだのだろう。