第37章 母の思い
「母上待って、行かないでっ!お願いっ!」
こんな、こんな別れ方がしたいんじゃないのに…
「空良、早くややを、この子を抱きしめてあげて。私と共に消えてしまわない様に」
「っ、母上っ!」
はい。と返事をしてしまったら、すぐにでも母上が消えてしまう気がして、私はその言葉を飲み込んで橋の上に置かれた我が子を素早くこの手に抱き締めた。
我が子の無事を確かめたくて、その顔を覗き込んだ途端…
「えっ!..............あっ!」
シュッとその子は私のお腹の中に吸い込まれていった。
「良かった。あなたのお腹にちゃんと戻れたようね。私にはもう性別は分かってますけど、あなたはその日まで楽しみにとっておきなさい」
「っ、はい。母上、ありがとうございます」
母上はもう、後ろの花畑が見えるほどに透けている。泣いてはいけないのに、涙が止まらない。
「空良、側にいてあげられなくてごめんなさい」
「母上っ!」
「私も、もっとたくさんの事をあなたに教えてあげたかった。でもあなたなら大丈夫。例えこれから辛い事があっても、信長様と共に乗り越えていけるわ」
「っ、あと少しだけ、母上っ、待って下さい」
お願い、行かないで。
「空良、忘れないで。私も旦那様も、いつだってあなたの事を............」
「母上?」
言葉を言い終わる前に、すーーーっと、母上の姿は消えていなくなった。
「母上っ!母上っ!行かないでっ!母上ーーーっ」
最後の言葉…….なんて言ったの?
きっと、大切な言葉だったのに、聞くことが出来なかった..........
「っ、………母上」
母上が消えて花畑だけになった景色を見つめたまま、その場でガクンと膝をつくと、ぐにゃりと、私の周りの空間も歪み始めた。
「..........っ、私ももう行かなければ……。母上、私をずっと守ってくれて、ありがとうございました。私は、あなたの娘に生まれる事ができて、とても、とても幸せでした」
母上の最後の言葉は聞けなかったけど、私の声はどうか届きます様に。
あなたが生かしてくれた私とお腹の子の命、今度こそ大切にします。
母上………ありがとうございました。