第37章 母の思い
「.......本当にそうですか?」
「えっ?」
母上は穏やかに、静かに私に問いかけた。
「私達がいなくなり、あなたがとても辛い思いをして生きてきた事、よく分かっています。けれどあなたは、人を愛したでしょう?」
「それは…」
「もう一度よくご覧なさい」
母上は再度川を見ろと、水面を指差した。
「空良、今日は貴様の好物の屑饅頭を持って来た。京の屑饅頭は色鮮やかであろう?早く起きねば俺が全て食うが良いのか?」
布団に寝ている私の横に、信長様は美味しそうな屑饅頭を置くと、悪戯に問いかけた。
よく見ると、私の頭の周りには私の好きな食べ物が沢山置かれている。
「あなたが意識を失って五日。信長様はほとんど寝る事なくあなたの看病と、京での残務処理を行っています」
「信長様…」
男らしく威厳に満ちた姿はいつも通りに見えるけど、少し、おやつれになったかもしれない。
「空良?」
私の声が聞こえるはずないのに、信長様は顔を上げて天井を見つめた。
「ふっ、空から貴様の声が聞こえたと思うなど、俺もヤキが回ったな。それもこれも、貴様が目覚めぬからだ」
信長様は私の髪を撫で軽く口づける。
「空良、貴様の声が聞きたい。早く目覚めよ」
「っ.....信長様」
水面はまた大きく揺らぎ、映し出されていた信長様は消えてしまった。
「あなたに、この方を置いて逝けますか?」
私の心を試す様に、母上は問いかける。
「........っでも、私がいるときっともっと不幸にしてしまう。私は、皆を不幸にする女で、傾国の姫だって.........現に母上達もこのお腹の子もみんな....」
私のせいで死んでしまった…
「それは違います。信長様にとっては、あなたがいる事が幸せなのです。私も旦那様もそうです。あなたと共にいて、私達はとても幸せでした。空良、あなたは誰も不幸になどしていません」
「でも、でももう怖いんです。信長様を好きになればなる程、愛すれば愛するほど怖くて、上手く伝えられなくて…、信長様を傷つけてしまう。あの人の愛を、私は上手に受け止められない」
抱えきれないほどの愛情を与えられているのに、それ以上の気持ちを返したいのに、不器用な私はあの人を怒らせてばかりいる。