第5章 心の内
『死ぬ事は許さん!死ぬなら、俺の命を見事散らしてから死ね!』
「っ.................」
針で指を刺そうと思った途端、ふいに、信長に初めて抱かれた夜の言葉が頭を掠めた。
『空良』
「.........やめてっ!」
やめて、やめて、やめてっ!
私の名前を呼ばないで!
口づけないで!
抱きしめないで!
あの目が、声が、言葉が、私を縛りつけて離さない。
「..................っ、誰か.......助けて.........」
心が引きちぎられそうで、わたしはただ針を握りしめ、項垂れる他なかった。
・・・・・・・・・・
........もうすぐ、信長が戻って来る。
あの男を殺せない、自分で命を断つこともできないのなら、あと残された道はただ一つ。
信長の命を狙い反対に手討ちにされる事。
本能寺の夜以外は、全部信長に命を狙えと言われて狙ってきたからいつも余裕にかわされたけど、今回は違う。油断した隙をついて針を刺そうとすれば、死ぬ事は許さないと言っていても、信長は刀を抜いて私を斬り殺すに決まってる。
もう..........終わりにしたい。
仇を打つ事はできなかったけど、父上と母上はきっと笑って私を迎えてくれる。
信長の事は憎くて、憎くて、刺し殺すだけでは足りないほどに憎かったし、今だって、許したわけじゃない。
でも、あんな男でも、大切に思う家臣がいることや、冷たい目の奥底には温かさを宿している事を知ってしまった。
絆された.......と言われればそれまでだけど、もう、本能寺の夜の様な憎しみには戻れない。
「空良、戻った」
まるで私の心が固まるのを待っていたかの様に、信長は戻って来た。
「信長様、お疲れ様です」
立ち上がり、羽織を手に掛け取ろうとすると、
「寄越せ」
「えっ?..............んぅ」
いきなりの口づけ。
私の心の内を見透かしている様で、心の臓はたちまちに早くなり出した。
信長の性格そのものの様なやんちゃな口づけは、私の意思なんて関係ない。無作法に私の歯列をなぞると僅かな隙間に舌を入れ呼吸を奪って行く。
「ん、............ふっ....」
この口づけが最後だと思うと、何だか名残惜しい。