第35章 真相
「おお、よう来た。待ち侘びておったぞ」
男は歓喜にも似た声を上げると立ち上がり、私の元へとやってきた。
「お前らはもう良い、下がれ!」
「はっ!」
権力者らしい、いかにもな物言いで女中達を下げると、男は私の片手を取り更に距離を縮めてきた。
「空良、漸くそなたを手に入れた」
私の頭を撫で、指で髪を梳く目の前の男の顔には、見覚えがあった。
「あなたは........あの時の旅芸人?」
犯人について、ずっと様々な可能性を探ってきたけれど、この目の前の男だと思った事は無い。
「……私をそのような下賤の者と間違うとは、……そなたでなければ即刻処罰する所であったが、…良い良い、あの日は確かに忍びで訪れておった故、それも無理はない」
男は少しだけ気分を害した様だったが、すぐに機嫌を取り戻した。
「そなたは特別私の横に侍ることを許す。こちらへ来い」
呆然とする私の手を引いて褥の方へと向かうこの男からは、確かにあの丘で嗅いだあの香の匂いがする。
「.......本物の、公方様なのですか?」
本当は、確かめるまでもない。
あの頃は半信半疑だったけど、信長様と出会い豪華な着物に触れさせてもらった今なら分かる。
目の前の男が纏う着物は旅芸人では着られる生地ではない。
「元就から何も聞いておらぬのか?私は15代将軍足利義昭だ」
「あっ、足利義昭様っ………!」
自分で聞いておきながら驚くなんて滑稽だけれど、将軍はこの日ノ本にただお一人しかおられず、大名に会う以上に稀有で帝同様に神の様なお方だ。
「........でもなぜお忍びで?」
あの日あの丘に?
私の屋敷に夜襲を?
私が特別って何?
この人が、本当に屋敷を襲ったの?
将軍家と何の繋がりも持たない私たち家族が何故?
「そなたにあの丘で会った頃、私は京に上洛する為の後ろ盾となる大名を探し各地を転々としていた。兄を暗殺され私自身もその身を追われていた故、将軍が越前に忍んでいる事を知るのは朝倉を含むその側近数名だけで、そなたら越前の民も聞いてはいなかったのであろう」
驚きのあまり呆然とする私を褥の前に座らせご自身も隣に座ると、私の手を握りさすりながら将軍は昔話を始めた。