第35章 真相
『この里の者の様ですね。如何なさいますか?』
私を見つけた男は私の前に立ち、束帯の男に私の処遇を求めた。
『ふむ........』
頭を下げている為、声で判断をするしかない私は、命が助かることだけをただ祈りながら、束帯の男の返事を待つ。
ジャリ、ジャリっと、束帯の男の足音が近づき、私の前で止まった。
『そこの娘、面を上げよ』
『はっ、はいっ』
返事をしたものの、顔を上げた途端に斬られるのかもしれないと思うと、怖くて顔を上げられない。
カタカタと震え続ける私の顎を、男は手に持つ扇子で持ち上げた。
『..............っ』
『ほう...........』
嗅いだ事のない香の香りがふわりと男から漂い、その匂いに一瞬くらっと目眩がした。
お祭りや、踊り子たちが着る見せ物の束帯姿しか見た事がない私でも、目の前の男の着物は本物の公卿様の装束で、高貴な方にのみ許された束帯姿だと分かる。
(一体.....誰?)
『公方様っ!その様な者に触れては御手が汚れます』
お付きの者が私から離れる様に声をかけた。
(公方様.......?)
それは将軍の呼び名で、お付きの者は確かに今目の前のこの男性に向かってそう言った。
『構わぬ。.......そなた、この里の者か?』
『は、はいっ、』
『ふむ、この様な里に埋もれさすには惜しい程に美しい娘だな』
『...........っ、』
舐め回すように私の全身を見る目の前の男が、公方様?
全ての事が突然で、しかもこの里で起きるはずのない事だらけで……
私の頭は混乱して、この時の公方様の声は全然入ってこなかった。
『公方様、そろそろ参りましょう』
その声で我に帰ると、公方様と呼ばれる人は用意された簡素な駕籠に乗り込んだ。
『娘っ、頭が高いっ!頭を下げよっ!』
呆然とそれを見つめる私に、お付きの人が檄を飛ばす。
『すっ、すみません』
『良い良い。あまり怖がらせてやるな。……娘、また会おうぞ』
『はっ、はいっ!』
また会おうなんて、公方様でも社交辞令を言うんだと思い頭を下げると、お付きの方々と駕籠は、見晴らしの丘から去って行った。