第1章 本能寺の変
小高い丘まで逃げた時、ガシャーーーーン!と大きく崩れる音が闇夜に響いた。
侍女の手を解き見晴らしの良い所から音のする方を眺めると、私の生まれ育った屋敷が跡形も無く崩れ、炎に飲み込まれていた。
あの炎の中には、敵と戦った父と兄、そして母上が........
力なく、ぺたりとその場に崩れ落ちた。
「うっ、うう、うーーーーーー」
叫びたい気持ちをぐっと堪え手の甲を噛む。
声を上げては追っ手に気づかれてしまう。母上が命がけで逃がしてくれたこの命を無駄にしてはいけない。
家族が無残に命を奪われたと言うのに、私には声をあげて泣くことも許されないのだ。
ほんの数刻前まで幸せだった私の人生は、一夜にして炎の中に消えてしまった。
悲劇はその後も続いた。
屋敷の者全てを皆殺しにする予定だったのか、追っ手に見つかった私達は必死で山の中を逃げたけれど、私を庇うため、二人の侍女は次々と私の目の前で切られ命を落とし、いよいよ私も最後と目を瞑った時、たまたま巡礼でこの地を訪れていたと言う顕如様に命を助けられた。
天涯孤独となった私に顕如様は住む場所を与えてくれ、あの屋敷を襲ったのは織田信長だったのだと教えてくれた。
.................あれから月日は流れ、織田信長に恨みを晴らすことだけを考え生きて来た私は、今宵、漸くこの無念を晴らす事ができる。
そして今、目の前にその男がいる。
この懐剣を振り下ろせば、確実に息の根を止められる。
でも...........
.......父と母の命を奪った男の顔を最後に見たくなった.....
「織田信長だな!」
気付けば、全ての怒りを込めて名前を叫んでいた。
「っ........確かに、俺は織田信長だ」
男は目を覚まして頭を上げた。
「............貴様が.....空良か?」
初対面の筈なのに、目の前の男は私の名を呼んだ。
「っ!何故私の名を!?」
名前を呼ばれ驚く私と同様に、信長の目も大きく見開き驚いた様な顔をした。
(一体........?)
「くくっ、まさか本当だったとは.......」
思い出した様に笑うと、信長は脇息に手をついて立ち上がり私と対峙した。
これが、織田信長?
父上と母上を死に追いやった男......?