第1章 本能寺の変
あの日、私の住む屋敷は夜襲を受けた。
夜の眠りに入ろうと言う時間の攻撃に屋敷中は大混乱となり、また敵によって放たれた火が屋敷中を取り囲み、絶望的な状態だった。
「空良!」
「母上、これは一体」
「時間はありません。今すぐこの着物に着替えて!」
母上が手に持って来たのは、麻織の粗末な着物....
何故と質問する間も無く、母と侍女達にその着物を着せられ顔や手を煤で汚された。
「これでいいわ。.........空良、あなたは逃げて生き延びなさい」
私の両頬を優しく包み、母上は力強く言った。
「...........母上は........?」
「私は、旦那様について行きます」
迷いのない母上の顔に、自害なさるおつもりなのだと分かった。
「い、嫌です!私も、空良も一緒にお連れ下さい」
武家の娘として、母上達と共に私もこの屋敷で最期を...
「なりません」
母上は、静かに首を振った。
「何故ですか?」
「空良、これを.......」
私の問いかけには答えず、母上はご自身の胸から懐剣を取り出した。
「これは..........母上の..」
いやだ.......
「これを私だと思って、強く生きなさい」
静かに微笑み、私の懐に懐剣を入れる母上。
いやだ.........
「嫌です。母上達と離れて生きて行くことなんて出来ません。お願いです。私も共にお連れ下さい」
嫌だ!
「空良.........」
ふわりと、母上は私を抱きしめた。
「必ず生きて、幸せになりなさい。人を愛し、愛される日がきっとあなたに訪れます。あなたを何よりも愛しみ、強く愛してくれる殿方の姿が私には見えるのです」
「嫌です。そんな、できません、母上達と離れて私が幸せになれるはず....」
私を...置いていかないで......
「大丈夫。父も母もいつでもあなたの心の中にいます。....さぁ、行くのです」
母上が顔で侍女に合図を送る。
「さぁ、姫様」
「いやっ!離してっ!母上、母上ーーーっ」
いつまでも優しく微笑み私を見送る母上の顔と、私の両腕を掴み、引きずるように屋敷から連れ出した侍女達。
私の屋敷での記憶はそこまでしかなく、そこからの記憶は殆ど覚えていない。