第5章 心の内
「空良様、昼餉の御膳をお持ちしました」
「はい」
部屋の片付けと信長の衣服を整える位しかすることのない私は、あまりお腹も空かないけれど、届けられた膳を受け取ろうと襖を開けた。
「ありがとうございます...............?」
いつもの女中とは違う人だと思いながらも御膳に手を伸ばした時、掌に何かを握らされた。
「!?」
突然の事に驚く私の着物の襟を素早く掴み、女中は顔を近づけてきた。
「騒がずそのまま聞け!今宵決行せよと顕如様は仰せだ。次は失敗するな」
「!.......................」
「空良様、では失礼致します」
後ろに控える見張りの兵に気付かれない様に私に耳打ちすると、女中は頭を下げてその場から去って行った。
平静を装いながら御膳を手に部屋へと戻る。
カサっと、手渡された紙の包みを開くと針が一本入っている。
(多分...毒針だ.........)
先程の女中は間違いなく顕如様の密偵。
『今宵決行せよと顕如様は仰せだ。次は失敗するな』
今夜......この針で信長を刺し殺せと?
「っ...........」
手が震えて、針が掌から落ちた。
何を勘違いしていたのか....
私と信長は敵同士で、それ以上でも以下でもない。
私が今ここにいるのは、信長を殺し、両親の仇と、顕如様たちの悲願を達成するためだ。
「でも............」
................もう、信長を殺せない。
何日もあの男だけを見て過ごし、思考を奪う様な口づけをされ、毎夜、抱かれないまでも身体のどこかに口づけの痕を刻まれる。
信長が私をここに閉じ込めた意図はこれなのかもしれない。
情を植え付けられすっかり毒気を抜かれた私に彼を殺す事など、もはや不可能に近かった。