第32章 暗雲
縛られていたはずの両手首はいつの間にか自由になっていて、信長様がいつの間にか解いてくれてのだと分かった。
「っ、信長様........」
今宵初めて感じた優しい熱を確かめたくて、自由になった両手を信長様の頬に添え目を合わせた。
ひどい事をされたのは私の方なのに........どうして酷い事をした信長様の方が、泣きそうなほど辛い顔をしているの?
悲しみや怒りが混ざり揺れる瞳に、愛おしさが込み上げる。
「空良」
「あっ、......」
信長様は息ができない程に強く私を抱きしめた。
「俺を....簡単に諦めるな」
「っ.........、」
決して諦めたわけではなかったけど、三姫の剣幕に押され、信長様に判断を委ね逃げてしまった私は、そう思われても仕方のない事をしてしまった。
もっと、全力で戦えたはずなのに........
「ごめんなさい。信長様.........」
私以上に傷ついた愛おしい人の背中に手を回した。
「もう酷くはせぬ。貴様が足りんのだ。貴様をもっと感じさせろ」
「私も......信長様を感じたい」
身体が重なり信長様の重さを感じると、身体はゆっくりと褥に沈んだ。
私の知っている物語は、好きな人ができて思いが通じ合えばめでたしめでたしとなり、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。と締め括られている。
でも、私達が生きるのは物語の世界ではなく現実で、どんなに辛い思いを乗り越えて恋仲になっても、私たちの物語には続きがあった。
この時の私はまだ大人と言うには幼く、信長様も行動が先走りする若さ故な所があり、お互いの愛情の深さや大きさを持て余しどうすれば正解かなど分かるはずもなく、ただ身体を重ねお互いの肌を感じ合う事でその思いを伝え合う事しか出来なかった。
この夜の事を私達はこの後何度となく思い出す程に辛く悲しい出来事になって行くとは、まだこの時の私たちが知るはずもなく。
「空良、俺を貴様で満たしてくれ」
「信長様........愛してます..........」
この夜も信長様の激しい愛に身を委ね。その身に感じる事しかできなかった。