第32章 暗雲
閉じられた襖の前で正座をし、居住まいを正す。
「のぶ..」
極度の緊張で震えるのは身体だけでは無く声もで、出したつもりの声は、震えて声にならない。
胸に手を当て何度か深く呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
「信長様、空良です」
今までに無いほどに声は震えている。
返事はなかったけれど、襖に向かって歩く足音がどんどん近づき、勢いよく襖が開けられた。
「来たか..........」
「..........っ、」
私を見下ろす信長様の表情には見覚えがあり、ぞくりと肌が粟立った。
(あの時と、同じ顔.......)
それはまだ恋仲になる前、お城で男二人に乱暴されそうになった私を助けてくれ、湯殿で激しく抱かれた時と同じ顔をしていた.......
「皆、貴様を待っておった。来いっ」
「あっ!」
私の腕を掴みぐいっと引っ張ると、引きずる様に部屋の中へと連れて行かれた。
部屋の中では、三姫が固まり青い顔をして座っている。
(何が......あったの?)
訳がわからぬまま腕を引っ張られついて行くと、信長様は寝所へ続く襖をスパンっと勢いよく開け放った。
行燈一つが灯された薄暗い寝所の中で、豪華な布団が一式真ん中に敷かれており、改めて見ると妖艶な雰囲気を作り出している。
「っ、信長様っ!?」
信長様は私の呼びかけには答えず、そのままずかずかと部屋へ入って行く。
京での滞在中、何度も愛し合った部屋と布団なのに、信長様の腕に抱き抱えられ見下ろすのと、無理矢理連れ込まれるのとでは全然見え方が違っていて、私はただ信長様の行動に驚き焦るばかりだった。
「空良」
怒りと獰猛な色を宿した目が私を射抜くと、私の帯に手を掛けた。
「信長様っ!?」
ぱらりと、解かれた帯が足元に落ち、それに目を奪われていると、着物が素早く肩からずり降ろされた。
「.................っ!」
慌てて信長様を見ても、その目にいつもの優しさはない。
トンっと、大きな手が私の胸を押せば、私はふらついて褥の上にドシンと尻餅をつく様に倒れた。