第32章 暗雲
「貴様らの親兄弟に何度も言っておるが、俺は貴様らを妻に迎える気はない、妻とする女は既に決めている」
「あの娘では、信長様の力にはなりません、私達ならば、信長様の野望を叶えるお手伝いが出来ます。それ程にあの娘をお望みならば、側室になされば良い事!それ位は婚姻を結ぶ条件として飲んでも構いません」
あの親にしてこの子ありだな.......
二言目には空良を妾や側室にしろと言うこやつらと話をする事も苛立たしい。
「寛大だな......と言いたい所だが、それならば貴様と夫婦となったとしても、俺が貴様を抱く事は無い。子は望めぬし、お飾りの正室となるが良いのか?」
「..........っ、」
屈辱で言葉を失う目の前の女は確かに良い女だ。
その両隣の女達も俺好みに気が強そうで気位の高い、大人の恋の駆け引きを愉しむには申し分のない女達だ。
昔の俺ならば、天下を手に入れる為この女達の一人を娶っておったやもしれん。
「俺は空良しかいらぬし抱かぬ。分かったのなら、今すぐにこの寺より出て各々の屋敷へと戻るんだな」
この様な所を空良に見られては、またあらぬ誤解と心配を奴はするに違いない。
「っ、....待って下さい。今宵の事は、空良も承知しております」
空良の事が気になり早く部屋から追い出そうとした矢先に、信じられない言葉が一人から飛び出した。
「何っ?」
「そ、そうです。今宵から三日間、私達が信長様の夜伽をする事を、空良は了承しております」
何を言うかと思えばバカバカしい。
「嘘をつくのなら、もっとマシな嘘をつくんだな。空良がその様な事を言うはずがない」
俺が他の女を抱くと思うだけで涙を流し心を痛める奴が、そんな事を言うはずがない。
「嘘ではありません!私達にも信長様との時間が欲しいと伝えたら、分かったと言っておりました」
「奴に限ってそんな事はあり得ん」
今宵は共にゆるりと過ごそうと言った時の、奴の真っ赤になった顔を思い出す。