第32章 暗雲
「考えても見て、あの時本能寺で出会っていたのがもし私だったら、......今頃信長様は天下布武を成し遂げ、幸せに笑ってこの日ノ本を統べられていると思わない?」
「それは..........」
「そうよ、結局、あなたが信長様の足を引っ張っているのだと、何故気づかないの?」
「......................」
「空良、一度でいいわ。私達にもそれぞれにあなたと同じ様に機会を与えて。それでもやはりあなたが良いと信長様が言われるのならば、私達も諦めましょう。もちろん、和議の話もちゃんと進言するわ」
「っ、...........」
菖蒲様の言われている事は、悔しいけれど反論できなかった。
あの時、本能寺で私が命を狙う刺客ではなく、本当にただ本能寺で女中として仕えていたら、信長様と言葉を交わす事はおろか、存在すら知られなかった事は否めない。
奇跡の様に結ばれた関係だからこそ、それを指摘されるのは私の心を大きく揺さぶった。
「.........本当に......話をするだけ...ですか?」
生まれた頃より、身分を弁える様育てられてきた私に、三姫の言い分を退ける事が出来るはずもなく.......
「ええ、私達一人一人に、信長様と話をする時間を今夜からくれればそれで良いわ」
「今夜から?」
「何よ、まだ不満があるの?」
「いえ.......」
でも今夜は早く戻られるって.......
「じゃあ決まりね。あなたは今夜から三日間、信長様と会うのは遠慮してもらうわ、分かったわね!」
「............っ、分かりました」
信長様が私を好きなのは、私が珍しい存在だからだと思って来た私にとって、本能寺での事を言われると何も言い返せなかったのも事実で、私は、三姫からの要求を受け入れてしまった。
身分違いの恋とは、こんなにも辛く追い詰められるものなのだろうか?
好きで、ただ一緒にいたいだけなのに、私の身分が低いだけでこんなにも信長様に迷惑をかけてしまう。
どんなに信長様に愛され自信を持てと言われても、あんなに家康に喝を入れてもらっても、どうして私は強くなる事が出来ないんだろう......
私の愚かな選択が大きな波紋を呼ぶとは思わず、私はただ三姫が部屋から出て行くのを無言で見ていた。