第32章 暗雲
想像していた通りの言葉だ.......
その通りにできるなら私だってそうしたい。
でも、
「それは、できません」
「まぁっ!生意気なっ!」
隣に座る姫が声を荒げ、それを菖蒲様は手で制した。
「空良、前にも言ったけれど、それ程に信長様の側にいたいのならば妾として離れの部屋を与えても良いわ。あれ程の殿方だもの、あと二、三人は側室を持たれるかもしれない。それでもあの人の正室になる事は私にとってとても価値のあるものなの。悪い事は言わないわ、身をお引きなさい!」
確かに、信長様程のお方なら、側室が何人いたっておかしくない。
少し前の私なら、この言葉で頷き引き下がったのかもしれない。それ位の覚悟は恋仲になった時にしていたから.......
けれど、
「......できません。私は信長様を愛しています。愛する人を誰かに、しかも価値観でしか信長様を見る事ができない方に渡す事など、たとえ菖蒲様達でもできません」
決して諦めないと、これからの人生を共に歩むと誓った大切な人を誰にも渡したくない!
信長様の唯一無二の存在でありたいと、そう願ってしまったから、菖蒲様の言葉に頷く事はできない。
「随分と信長様に愛されてる自信がある様だけど、それって、たまたまあなたの方が先に信長様と出会い話をするきっかけがあっただけに過ぎないわよね?」
「え?」
「考えても見て、もし本能寺で出会ったのがあなたではなくて私だったら?........今あなたはここにはいないんではなくて?」
「........っ、そんな”たられば”な話をされても困ります」
思わぬ方向から話をふられ、鼓動がドクンと嫌な音で跳ねた。
「でも、このままじゃ不公平だと思わない?」
「不公平?」
どう言う意味?
出会いが早いか遅いかに公平も不公平もないのに、一体、何が言いたいんだろう?
「私達にも、あなたと同じ様に信長様と二人で話す機会が欲しいの」
「え?」
「あなたが本能寺で信長様と出会い二人きりで話をした様に、私達も同じ様な時を信長様と持ちたいのよ。そうしないと、あなたばかりが徳をして不公平でしょう?」
「そんな........」
こんな、こじつけの様な話を受け入れろと言うの?