第32章 暗雲
「空良、よく聞いて」
綺麗な翡翠色の目が、落ち込む私を覗き込んだ。
「........何?」
「本当は戦で勝利を収めて天下を取る事など、今の織田軍には造作もないことなんだよ」
「え?」
「信長様は、もうあんたが大切な人を失って悲しむ事がない様に、話し合いで解決出来る事はそうしようとしてる。なのにあんたが根を上げちゃだめだ」
「家康........」
「無意識なんだろうけど、あの人があんたのために今までのやり方を変えてまで天下統一を果たそうとしてるんだから、あんただけは何があってもあの人の事信じて側にいてあげなよ」
本当に、その通りだ。
辛いのは、大変な思いをしているのは私だけじゃない。
信長様も、あんなにもご自身を抑えて頑張ってくれてる。
「..........うん。ごめんなさい.......... 家康.....ありがとう。.....ごめん......ありがとう」
「何それ、感謝?謝罪?どっちなの?」
「両方........」
「ほんと、馬鹿だね」
これは、家康なりの慰めの言葉。
煎じてくれる薬の様に、家康の言葉はいつもり私の心を癒やして元気をくれる。
「あの人があんな楽しそうな顔をするのは、あんたといる時だけだって事、覚えておきなよ」
「っ、うん」
「ただ向こうも本気だ。あくまでも対等に同盟を結びたいと思ってあらゆる手段を講じて来る。だから三姫もここからは手段を選ばすあんたに仕掛けてくると思う」
「それは、さっきのマムシの事を言ってる?」
季節外れに元気に飛び出してきたマムシ......信長様は偶然だとは思っていなかった様だけど.....
「さっきのマムシは、信長様同様に俺も相手からの宣戦布告だと思う」
家康は、私の問いに大きく頷いた。
「警備は勿論万全を期すけど、あんたも気をつけなよ」
「うん」
「あと、次またさっきみたいな事言ったら、次は額じゃ済まさないから」
「えっ!気をつけます」
弾かれて、まだじわ〜んとする額を隠した。
(本当に痛かったから気をつけよう......)
「くすっ、ほんと必死すぎ」
やっといつもの家康らしさを見せてくれ、家康は部屋へと戻って行った。