第32章 暗雲
「騒がしいけど、何かあったんですか?」
家康が中庭に来た頃には、騒ぎを聞きつけた寺の者達もざわざわと集まって来ていて、他にもマムシがいないか、庭の茂みの捜索を始めていた。
「空良がマムシに襲われた」
「マムシ?こんな時期に?」
立春は過ぎているとは言え、やはりまだ時期的に早いと思ったのか、家康も驚いた顔で息絶えたマムシを目視した。
「...........どうも気になる。今以上に寺の警備を強化し、空良の身辺には十分気をつけろ」
「はっ!..........ですが、あの姫達の近辺には流石に踏み込めません。どうするつもりですか?」
「すておけ、動けばタダでは済まんのはお互い様だ。どのみち警備を強化すれば簡単に手は出せん」
「はっ!では早速取り掛かります」
家康はそう言って軽く頭を下げ、自分の家臣達に指示を出しに戻って行った。
「空良」
事の成り行きをただ見ているだけしかできない私を信長様は抱き寄せた。
「あの、信長様........人が見てます」
人目を憚らず私の額に唇を押し当てる信長様の胸を少し押した。
(すっかり見慣れてしまった安土のお城の人たちと違い、お寺の人達に見られるのは恥ずかしい)
「どこも何ともないかよく見せろ」
けれど、いつも通りに私の訴えは聞いてはもらえない。
信長様は頭の先から掌を滑らせて私の身体を確認していく。
「っ、......」
その手つきだけで私の身体はピクッと小さく反応してしまい、どうしても周りの目が気になってしまう。
(っ、やっぱり恥ずかしい)
「顔が赤いがやはり噛まれたか?」
長い指が私の顎を掬い上げると、心配そうではなく楽しそうに笑う信長様と目が合った。
「..............あっ、」
(知っててわざとやってる!?)
「どうした、ますます頬を赤く染めて」
「ほんと意地悪.......」
「可愛く狼狽える貴様が悪い」
「もう、またそんな事.....」
可愛いと言われたらもう怒れない。
くくっと笑う顔はあっという間に近づいて私の顔と重なった。