第32章 暗雲
嫌な気持ちを払拭すべく外へ出て、庭の掃き掃除を始めた。
京を出る前に家康に言われた言葉を胸に、口に入れる物はかなり気を付けている。身辺は麻が目を光らせてくれているから何かが起きた事もない。
でも先程の姫の目は、明らかに殺意を宿していた。
顕如様の元にいた時によく見たあの目、そして私もあんな目をしていた時があった。
高貴な家に生まれたお姫様でも、あんなに憎しみのこもった目で見る程に、私が憎いって事なんだろうか?それ程に、信長様の事を思われていると言う事なんだろうか?
自分はどうなってもいい。
でも........
「大丈夫。心配しないで」
初めて人を好きになり、思いを通わせ、愛し合った人との間に授かった大切な命......
この子だけは絶対に守る。
まだ見ぬ我が子だけど、
「あなたを愛してる」
男の子ならば、信長様に似て利発でカッコよくて、でも少し俺様なのかもしれない。
女の子ならば..........やはり信長様に似て利発で優しい子がいい。
「どうか私の中で元気に育ってね」
愛おしい気持ちが膨らむばかりのお腹をゆっくりとさすった。
暫く庭の掃き掃除を続けていると、少し離れたところに見える大広間の襖が開いて信長様が出てきた。
「あ、信長様........」
忙しそうに早足で廊下を歩く信長様の顔はやはり不機嫌な色を帯びていて、その隣を歩く光秀さんもいつもの余裕さは見えない。
お仕事の邪魔をしてはいけないと思い、声を掛けるのはやめておこうと思った矢先、
「空良様、動いてはいけませんっ!」
麻の叫び声が聞こえてきた。
「麻?」
ただごとでは無い声に振り返ると、
「...............っ!」
すぐ足元に、2尺?ううん、3尺程はあろう大きな蛇........
楕円形のまだら模様に三角の頭.....
尾を震わせて威嚇するそれは、
「.......っ、マムシ!?」
咬まれれば全身に毒が回って死ぬ事もある毒蛇だった。