第31章 京宴 後編
「まぁっ!生意気な女ね!」
キィーっと、怒りの声が聞こえてきたけど、これも慣れてしまえばどうって事はない。
「さっ、残りの部屋も綺麗にしましょう」
気持ちを切り替え雑巾を手に取とると、怯える修行僧と次の部屋へと入った。
「今日も菖蒲様達、怒ってらっしゃいましたね。大丈夫ですか?」
気遣いの言葉をかけてくれるこの修行僧は、初めてここに来た日、私を部屋へと案内をしてくれた人。
「ありがとうございます。でもこれ位は覚悟してますから、平気です」
信長様が祝賀会に行かれた朝、怒りを顔じゅうに滲ませた姫君達は私の部屋へとやって来るなり、淫乱だ、最低だと、言いたい放題に罵詈雑言を浴びせて来た。
胸はチクチク傷んだけど、信長様との夜の声を聞かれてしまった私に言い訳などなく、ただ彼女達の言葉が止むのを待った。
それからも、彼女達へ信長様がお声を掛けることはなく、夜はどうしても漏れてしまう声を聞かれている。
彼女達には彼女達の重き使命があり、その使命の為とは言え夜伽も厭わない程に信長様を思う気持ちもきっとある。
争いは好きではないし、できる事なら仲良くする方法を探りたいけど、弘法大師様でもなんでもない私には、この戦いに勝って認めてもらう以外の方法が分からない。
「空良様はお強い方ですね。さすがあの信長様が選ばれたお方だ。知らなかったとは言え、あのようなお部屋にお通ししてしまい、しかも女中と勘違いするなど.........本当にすみませんでした」
深く頭を下げる僧侶はこれまでに何度も私の部屋を信長様の部屋へと変えるように上に掛け合ってくれているのだと聞いている。私を受け入れてくれた、このお寺で最初の一人。
「そう言ってもらえただけで、とても嬉しいです。ありがとうございます」
認めてくれる人はちゃんといる。それだけで私は頑張れる。
それに.......
(大丈夫?苦しくない?)
そっとお腹に手を当て、心の中で問いかける。
自分のお腹に信長様との子がいるのだと分かり、心はとても穏やかになった。