第30章 京宴 中編
「空良様は病気ではありません。空良様のお身体は、母になる準備に入られたのです」
慈愛を込めた顔と声色を私に向ける麻の言葉に、一瞬耳を疑った。
「.........母になる.......準備?」
「そうですわ。月のものが止まり、気怠さや吐き気、熱っぽさなどの症状が現れるのは、私が知る限り悪阻(つわり)と呼ばれるもので、空良様の体調不良の原因はその悪阻だと思います」
「これが.........悪阻?それってつまり........」
つまり..........
「はい。空良様は身篭られているのだと思います」
「...........っ、私が、身籠って?」
言葉の意味をよく飲み込めないまま自分のお腹に視線を落とし、手を置いてみた。
「ここに....ややが?」
「はい。信長様とのお子です」
「っ、...」
(私と信長様の子がここに?)
ぶるっと身震いがして、何とも言えない気持ちが込み上げた。
「私が、母に?」
「はい」
「.......私が、なってもいいの?」
このお腹の子の母に、なってもいいの?
「空良様、人は母になりたくてなるのではなく、子に選ばれて初めて母になるのだと聞いた事があります。空良様のお腹の中のややは空良様が良いと、天から降りてきたのでございましょう」
麻の声が天使の声に聞こえる。
「この子が私を、選んでくれたの?」
「はい」
信じられない気持ちのままお腹を再び撫でると、
『空良、愛してる』
不意に信長様の声が聞こえてきた様な気がして、
「っ.........」
身体中に擽ったい様な何とも言えない愛おしさが込み上げ、涙が溢れた。
「空良様、おめでとうございます」
麻は私の手を取り、まるで自分のことの様に喜んでくれる。
「麻、ありがとう」
奇跡の連続で結ばれた私達にまた奇跡が起きた。
好きで、好きでたまらない人の子を授かる事ができたこの奇跡にどう感謝すればいいんだろう。
「早速、内裏にいる信長様に文を送りましょう」
麻はそう言うと立ち上がり、文机の代わりになるものを探し始めた。
でも、
「待って!」
「空良様?」
「この事は、まだ暫くは私と麻だけの秘密にして欲しいの」