第30章 京宴 中編
朝目覚めると、いつも通りに信長様の腕の中。
「ん..........」
少し息苦しくて顔を上げると、見慣れない天井が目に入り、京へ来ている事を思い出した。
(そうだ......、ここは安土の天主じゃない。お寺の人に見つかる前に部屋へ戻らないと.......)
恋仲と言えど、まだ正式な妻になったわけじゃない私はここにいてはいけない。
そっと信長様の腕から抜け出そうと試みると、
「どこへ行く?」
案の定、その腕は私を逃すまいと捕らえた。
「信長様、おはようございます」
「まだ起きるには早い」
腕に力がこもり、私に眠れと言ってくる。
「でも、......私はそろそろお部屋に戻ろうと思いまして」
心地良く離れ難い腕を少し押して、私は再度起きようと試みるけど、
「動くな、朝晩はまだ冷える。貴様がおらねば寒いであろう。それに、貴様の部屋は俺のいる部屋だけだ。あそこは引き払わせる。このままここにいれば良い」
大好きな腕は私を抱き締めて離さないつもりだ。でも、私にはやらなければいけない事がある。
抱きしめてくれるその腕に頬を寄せて、私は思いを口にした。
「信長様、ありがとうございます。でも、私はあの部屋へ戻ります。お寺の方や姫君達が私にはあの部屋がふさわしいと思ったのなら、今はそうなのだと思います」
「バカな事を。貴様は俺の連れ合いで俺の妻となる身、此度の事、全員打首となっても文句は言えん!」
私の為に本気で怒りを露わにしてくれる信長様に嬉しさが込み上げるけれど、
「私、皆様に認めて頂けるように頑張りたいんです。あの部屋へ戻る事をお許し下さい」
これは私の戦い、信長様の手を借りては誰も認めてくれない。
「...どうするつもりだ?」
怒りを収めた信長様は訝し気に私を見る。
「特別な事は何も。私に出来る事は一つしかありませんから」
そう、一つしかない。
「ふっ、この寺も塵一つなく磨き上げるつもりか?」
「はい。安土に来たばかりの頃と同じく、全力でこのお寺を綺麗にしようと思います。滞在期間は僅かなので、出来るかは分かりませんが....」
荷物がなくなってしまった今、もう無理をして打掛を着る事はやめよう。お姫様ぶる必要もない。私は私らしく、皆に認めてもらえば良いのだと、昨夜信長様に愛され気づく事ができた。