第4章 吉祥天
迷いが、生じてる.....
この天主(安土では天守を天主と呼ぶと秀吉さんに教えられた)に閉じ込められて10日。
信長の世話と言っても、朝と夜の着付けや膳の用意、湯殿での着替え以外、信長がいない間はただぼーっと安土の空を眺めている。
「暇であろう」と言って、貝合わせや化粧一式、双六、絵巻物など日々様々な物を用意してくれるけれど、どれもする気はおきない。
夜は、あの夜、信長の首を締めた日以来、約束は一応守ってくれていて、口づけ以外は何もしてこない。
ただ、お酒を飲む→膝枕→そのまま寝る→私も疲れてその体制のまま寝る→気づくと布団の中で腕枕で寝ていると言う状態は続いているため、あの日以来、私は信長と褥を共にする様になった。
どんなに憎くても、これだけ一緒に過ごせば情は湧くと言うもの......
命を狙う手段が無いこともあるけれど、もう私には、信長を殺す事は出来ない気がしていた。
すーっと襖が開き、信長が入ってきた。
「空良、今日の政務は終わりだ。湯あみへ行く」
「はい」
天主の一番奥の部屋は信長の閨で、現在私が1日の大半を過ごす部屋だ。
信長の政務や来客がない間はこの天主内は好きに動いてもいいけれど、誰かが来て仕事の話になる時は、この奥の部屋へと下がる事になっている。
そして終わると襖が開かれ、信長は私を部屋の外へと連れ出す。
唯一私が天主から外に出られるのは、信長と私が湯あみに行く時だけ。それ以外は、私はこの天主で飼われる鳥の様な存在になってしまった。
湯あみに行くと、信長はいつもさっさと着物を脱いで湯浴みをしに行き、戻ってくると私がその体を拭いて着替えをする。
その後で、「貴様も入ってこい」と言って湯あみをする時間をくれる。
最初の頃は、信長のみが許されるこの湯殿で湯あみをする事に抵抗を感じたけど、これを逃すと湯あみの機会を失う為、今は当たり前のように湯あみを手短にさせてもらい、また一緒に天主へと戻る。