第29章 京宴 前編
「心に傷を負った父は出奔し、母は病に伏せってしまい、一人娘であった私が全ての責任を背負うことになりました。........女が多額の借金を返すには身を売るしかない......と、遊女屋へと連れられて行く所を、当時、信長様の名代でよく朝廷に足を運んでおられた明智様に偶然見られ、その場で私の身請け金を支払い助けて頂いたのです。これは前にもお話ししましたわね」
「うん.......」
麻が、光秀さんにその時出会っていなかったらと思うとぞっとしてしまう。
麻の母上様は、今は光秀さん縁の寺に預けられ、療養しているのだとも、麻は教えてくれた。
「朝廷は慢性的な財政難に陥っており、信長様の財力は喉から手が出る程に欲しいものなのです」
「そうなんだ......」
確か現帝は信長様を大層気に入られていて頼りにされているのだと、秀吉さんから聞いたことがある。
今の朝廷にお金が無いとは聞いていたけど、こんな形で罪もない人にまで影響を及ぼすほどなんて知らなかった....
「あと、先程の菖蒲姫の発言ですが、.....信長様の肩を持つわけではありませんが、男女の関係は全く無かったと思いますよ?」
心底気になっている話題に、麻は触れた。
「っ、どうしてそう思うの?」
理由を知りたくて、私は身を乗り出して麻に尋ねた。
「あれ程のお方ですもの、確かに以前は数多の女性と関係をお持ちだったようですが、政治的にご自身に不利益になるような相手には決して手は出されておりません。言い方は悪いですが、後腐れの無い相手をお相手にされていたと、私は記憶しております」
「.........そう」
少し安心したような、でもモヤモヤするような.....
(うーーー、信長様のバカッ!!)
「ただ、空良様には大変お伝え辛いのですが、私がここにまだいた頃から公家の女子達の信長様人気はかなりなものでして......、先程の菖蒲姫も、以前より信長様との仲を取り持ってほしいと、帝に強く要望しておられました。多分、今回候補としていらしている他の姫君達も、関係は無くとも信長様に恋焦がれる方達かと.....」
「やっぱりそうなんだ.......」
正直、どんな意地悪をされるよりも、この話が一番堪えるな.....
井の中の蛙大海を知らずと言う言葉が、頭の中をよぎった。