第29章 京宴 前編
「っ.................」
菖蒲様の突き刺さる様な視線を背中に感じながら部屋へと足を踏み入れ、麻が襖を閉め終わった音と同時に私はその場にへたり込んだ。
(あ、足がガクガクする........)
「空良様......」
麻は隣に来てしゃがむと、背中を優しく撫でてくれる。
「よく、耐えられましたね。ご立派でございます」
「ううん、麻がいてくれなかったらどうしていいか分からなかったから......ありがとう。って、ごめんね。手が震えちゃって........」
合わせた両手が小刻みに震えていて止まらない。
あからさまに向けられた敵意と侮蔑.............
安土城の人々は、最初こそ好奇の目で私を見たけれど、今は優しく見守ってくれているだけに、先程の菖蒲様の強い蔑む様な眼差しはかなり堪える。
「私、この事を徳川様にお伝えして参ります」
震えの止まらない私の両手を一度優しく握ると、麻は立ち上がった。
「ま、待って!」
そんな麻の裾を私は慌てて引っ張った。
「空良様?」
「家康には言わないで、お願い。.........事を、荒立てたくないの」
家康や皆んなには、船酔いをした時から迷惑かけてばかりで、これ以上の迷惑はかけたく無い。
「ですが、夜には信長様の知る所となりましょうし.......」
「それでもお願い。.........この位の事平気だから。.....それによく考えたら、お部屋を用意して頂けただけでも有り難い事だと思うし........その、麻には迷惑をかけてしまうけど........」
菖蒲様の様な殿上人と同じ敷地内にいることすら、本来なら考えられない事だ......
「空良様...........」
麻は少し困った様子で.......でも静かに目を閉じて深く呼吸をすると、優しく微笑んだ。
「............分かりました。ここまで来たら、空良様の思う様に動いて下さいませ。なんなら野宿でも私は構いませんわ。お供致します」
ふわりと、でも力強く微笑む麻にホッとすると同時に、ここは安土とは違うんだと言う事に、漸く頭が追いついてきた。
手痛い洗礼だったけど、逆に目が覚めた。