第29章 京宴 前編
「麻、大丈夫よ」
「ですが.....」
これ位の事、言われるって分かってる。
菖蒲様だって、様々な家の事情を背負わされてここにいるのだもの。
それに、挑発に挑発で返しては更なる闇を生んでしまう。
「あら、随分と余裕な発言ね。自分は信長様の特別だとでも思っているわけ?」
私を怒らせたいのか、菖蒲姫は挑発を止めない。
「信長様に抱かれたのは何もあなただけじゃないわ。私だって、信長様の夜伽の相手をしたことはあるもの」
(..........えっ?)
思いがけない言葉に、逸らしていた視線を菖蒲姫に向けてしまうと、引っかかったとばかりに菖蒲姫はニヤリと口の端を上げた。
「信長様との夜は今でも覚えてるわ。逞しい腕と胸に抱かれて、素敵だったわ........」
「っ..............」
「京での信長様の女遊びは有名だもの。案外、今日来ている姫達も皆そうなのかしらね。でも私との夜の事を思い出して頂ければ、あなたなんてすぐにお払い箱よ!今の内に身を引いた方が良いんじゃなくて?」
イラッ......
あ、だめっ、.......怒りが、信長様に向きそう.........
ほんの少し前、今日ここに来ている姫様達は夜伽をしてでも信長様に取り入れと、家から耐え難い使命を背負わされて来ているのだと思ったけど.........
まさか全員、信長様のお手つき......!?
本当に信長様に会いたくて、自らの意思で来てるって事!?
うーーーーー女性達から守るとは言ったけど、これは.......信長様の撒いた種では......
とりあえず、ここは一旦引いた方が良さそう........
「こちらのお部屋、遠慮なく使わせて頂きますと御住職様にお伝え下さい」
信長様への怒れる気持ちを飲み込み大きく呼吸をした私は、まずは案内してくれた僧侶にお礼を伝え、再び菖蒲様に向き直った。
「菖蒲様、私達は今宵の宴に向けての準備もありますので、ここで失礼致します。また後ほど、信長様と共に正式にご挨拶をさせて頂きます」
信長様の過去にはモヤモヤするものの、信長様を思う気持ちだけは誰にも負けない。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよっ!」
菖蒲様は、まだ何かを言いたそうだったけど、私は静かに頭を下げて、案内された部屋へと入った。