第29章 京宴 前編
「こ、これは菖蒲姫さま」
僧侶は慌てて頭を下げる。
「ここは由緒正しきお寺ですよ。何を騒いで........あら?」
菖蒲姫と呼ばれる、公家の装束を纏った女性は、麻を見るなり楽しそうに口角を上げた。
「誰かと思えば、...........あなた、亜沙(あさ)じゃないの?」
上がったのは口角だけではなく片眉もで........
「元摂関家の落ちぶれた姫にこんな所で会えるなんて.........」
口元に扇子を当て少しクスッと笑うと、信じられない言葉を口にした。
(麻が、.......元摂関家の姫?)
「ご無沙汰しております。菖蒲姫」
麻は動じる事なくゆっくりと頭を下げた。
菖蒲姫と呼ばれる女性は、その態度が気に入らなかったのか、更に貶める言葉を続けた。
「あなたの父が朝廷から職を解かれ追われた後、生活に困り、確か遊女屋に売られたと聞いていたけど、織田様の側女の付き人などをしていたのね。宮中の花だとまで言われたあなたがここまで落ちぶれるとはね.........」
廊下中に響く大きな声......
姿こそ現さなくても、周りの人がこの会話に耳を傾けているのが気配で分かる。
何故公家のしきたりに詳しいのかと聞いた時、麻はすぐに分かると答えた。それは、この事を言っていたのだろうか......?
あの時も、もしかしたら麻は公家に縁のある御家で育ったのではないかとの思いがよぎったけれど........、こんな形で麻の過去を知りたかったわけじゃないのに.....
「.....あの、麻、こちらの姫君は?」
話を逸らすべく、私は二人の会話に入った。
「.......空良様、こちらは、帝の姉君のご息女であられます、菖蒲姫様です。そして菖蒲様、こちらは織田信長様の御正室になられる空良様です」
麻はこんな事に慣れているのか、何もなかったかの様に笑顔を作り、私たちをお互いに紹介した。
「空良です。菖蒲様、宜しくお見知り置きを........」
帝の姉君の娘だなんて......この姫様は、本当の殿上人なんだ。