第29章 京宴 前編
「こちらの部屋をお使い下さい」
本堂からかなり歩いた先の部屋の前で僧侶(修行僧かな?)は止まり、襖を開けてくれた。
「ありがとうございま..............ぇっ」
...............ここ?
「失礼ですが、お部屋をお間違えでは?」
驚く私の横にいた麻が、僧侶に問いかけた。
「いえ、こちらのお部屋へ通すようにと、仰せつかっております」
こんな事を思うと、信長様といて贅沢になったと言われそうだけど、僧侶の言うこちらのお部屋とは客間ではなく、荷物置き場として使われているお部屋のようで..........、室内には、使われていない座布団や布団が何枚も重ねて置いてあった。
この部屋まで来る途中、客間を何室も通り抜けて、女中部屋や修行僧達の部屋を通って来て、何かおかしいとは思っていた。
「こちらのお方は、織田信長様の奥方様となられるお方です。失礼ではありませんか?」
麻は静かに、けれども威厳のある声で問う。
「えっ?それはおかしいですね。......織田様の奥方様候補の姫君達はすでにお着きで、それぞれの客間へとお通し致しました。あなた方は急遽同行する事になった織田様の女中と伺っております。現に織田様も既にお着きになり、朝廷へと出向かれておりますし.......」
「信長様と共に来る事が出来なかったのには理由があります。信長様や徳川様から聞いておられないのですか?」
「私は上から言われた通りご案内をしているだけですので、そうおっしゃられても困ります。......本日は各地から要人をお招きしていて空いているお部屋がここしかなく、ここへお通しせよと仰せつかっております」
困った顔を見せるこの僧侶は、本当に何も知らされていないのだろう。
「住職をここへ呼んでください!直接私からお話し致します」
麻は一歩も引かないつもりだ。
「ですが........」
何も知らない僧侶は、ただ戸惑いを見せている。
「煩いわね、何を騒いでいるの?」
怪しい雲行きの中、甲高い声が廊下に響き、私達は一斉にその声の方へと視線を向けた。
「..........菖蒲(あやめ)........」
(え?)
ぼそっと、絞り出すような声が、麻から聞こえた。