第29章 京宴 前編
「私も母上も渡さないって........、どういう意味だったんだろう?」
それは何かの命令で、父上達はそれをしなかったから屋敷が襲われた?
でも誰に?
朝倉様に?
「ううん、朝倉様じゃ....ない.......よね?」
さすがに朝倉様なら、あの時の私でも分かりそうなものだ。
じゃあ一体....誰?
誰かが、私と母上を渡せと命じたとでも?
でも何の為に?
「はぁ〜、だめだ、分からない」
考えても出てくるのはため息だけ。
それにこの記憶も、今の今まで頭から抜けていた。
「まだ、思い出していない記憶が.....ある?」
そもそもこの記憶自体、合っているのかも怪しい。だって、船の中で見た夢と自分が記憶していた記憶も少し違っていた。
「信長様は犯人の正体以外に、一体どこまでこの事件の事をご存知なのだろう.....?」
私に話さないには理由があると思い聞けないでいるけど....
「空良様、起きていらっしゃるのでしたら、外の景色でもご覧になりますか?」
独り言が大きかったのか、私が目を覚ました事に気づいた麻は、駕籠の外から声をかけてくれた。
「ありがとう。この駕籠、外が見られるのね........」
乗せられた時は良く見ていなかったから気がつかなかったけど、信長様の用意してくれた駕籠はとても贅沢な作りをしていて、小さな引き戸が左右に付いていた。
「失礼します」
麻は私の返事を聞くと、小さな引き戸を開けてくれた。
「.........あ、.......梅の花...」
まだまだ寒いとは言え、春の色は少しづつ大地を彩っている。
あの夢の中も春だった。
春の風に当たった事で、眠っていた記憶が呼び起こされているのだろうか?
どちらにせよ、何か忘れている事があるのなら思い出さなくては.....
理由は私にあるのかもしれない。なんて、そんな事考えた事もなったけど、何故かそんな気がした。
「空良様、妙覚寺に着きましたわ」
麻の声と共に駕籠が地面に降ろされ、引き戸が開かれた。
小さな引き戸とは違い日の光が一気に差し込み、私の視界を一瞬奪った。
「空良様、お手を.....」
「ありがとう」
差し伸べられた麻の手を掴み、私は駕籠から出て京の地を踏みしめた。