第1章 本能寺の変
「信長様はこの襖の奥の上座に。既に薬が効いてよく眠ってる」
周りに気を配りながら、蘭丸様が私に告げた。
「分かりました。蘭丸様は先にお逃げ下さい。私も、信長を殺した後直ぐに逃げます」
緊張から呼吸がどんどん浅くなっていくのが分かる。
だって、人を殺したことなどない。
「空良........」
蘭丸様が静かに私の手を取った。
「空良には無理じゃない?俺がこのまま、信長様を殺したっていいんだよ?」
「蘭丸様........」
蘭丸様は気付いてない。敵だと言いながらも、信長の事をこんな時でさえ様を付けて呼んでいる事を.....
蘭丸様は私達の味方だけれど、心優しい彼に信長を討つことはできない。だからこそ顕如様は私を刺客に放った。両親を信長に殺され、天涯孤独となった私なら彼を殺せると知っているから......
「.........私は大丈夫です」
蘭丸様の手を離し、私は胸元に潜ませた懐剣を取り出した。
「行ってまいります。蘭丸様は早くお逃げ下さい」
「空良......」
まだ何かを言おうとした蘭丸様に頭を下げ、私は襖を開けた。
密偵が既に火を放ったのか、外からはパチパチと寺が燃える音と、木の焼ける臭いが漂い始めた。
時間はない。
足音を忍ばせ、部屋の中へと急いだ。
上座には蘭丸様の言う通り、薬を盛られ項垂れ脇息にもたれる男の姿があった。
これが........織田信長.............?
目の前の男は、おおよそ父と母を無惨に死に追いやった男とは思えない程無防備に首の後ろを晒している。
(今なら確実に殺せる!)
懐剣を握りながらも震える手をもう片方の手で鎮める様に握り、振り上げた。