第28章 歯車
「でも信長様は、お公家様の前で緊張した事はないのですか?」
自分で聞いておきながら、緊張する信長様は想像できないけど......
「緊張など、生まれて間も無く城主になった俺には無縁の言葉だ。物心ついた時には皆が俺に頭を下げておった」
「そ、そうなんですね。.........でも、信長様のお父上様やお母上様はお城にはいらっしゃなかったのですか....?」
いくら魔王と呼ばれていたって、1人で勝手に生まれて来たわけではないし、私の父上は優しかったけど、やはりそれなりの緊張感を持って接していた。
「俺にとって、父は確かに大きな存在であったが、母や他の兄弟も含め、別の城に住んでおったからな。それにもう他界した」
「そうでしたか.....」
信長様の家族の事は余り知らないけれど、こんなに立派なお城を建てても、その親族の1人も住んでいない事に引っかかりはあった。
家族には、家族の数だけ形があって、何が正解かなんてきっとない.......それでも、幼き頃より親と離され城主でいなければならなかった信長様はきっと、お寂しい思いもされたのだろう。
身内を殺したと話していた信長様....
今はまだ、その話に触れることができないけど、全ての事を話してくれる日が来たら全身で受け止めよう。
出会った頃の冷たい目をした信長様も、今の暖かな眼差しの信長様も、どちらも信長様で、私の好きになった愛おしい人。いつか、小さな頃からの信長様の気持ちも含め、全てを包み込んであげたい。
「それにしても、緊張しないなんてさすがですね。私はもう緊張で口から心の臓が飛び出しそうです」
話の流れを変えるべく、明日の事へと話題を戻した。
「貴様の心の臓はまことに騒がしく騒々しいからな。この様に貴様の腹に耳を当てるだけでも............、くくっ、ドクドクと大きな鼓動が聴こえてくる」
寝転がったまま身体を反転させると、片耳を私のお腹に寄せ、信長様は喉を鳴らして笑った。