第25章 試練〜試される心〜
「いえ、そんな事は....、ただあの日の事も思い出してしまって.......」
「そうか...、だが案ずるな、貴様の事は俺が守る。いつか堂々と越前の地を歩ける日が来る様にしてやる」
「はい」
唇が、優しく私の顔に触れる。
それだけで涙が出そうだけど、涙を見られてはいけない。
「悪いが今日は急用が入って遅くなる。疲れているだろうから先に休め」
「え、......お仕置きは?」
今夜は何をされても一緒にいたかったのに.....
「ふっ、そんなにされたければ明日にでもしてやる。その為にも今夜は寝ておけ」
愉快に笑う信長様は、ちゅっと私の頭に口づけた。
「はい......」
(いや、行かないで!私の側にいて!)
心は叫び声を上げるけど、それは信長様には届かない。
優しく微笑み背中を向けた信長様の袖を、気がつけば引っ張っていた。
「どうした?」
振り返る顔は心配そうに私を見る。
「あ、ごめんなさい」
慌てて袖から離した手は素早く信長様に掴まれた。
「空良?」
「ほ、ほんとに何でもないんです。行ってください」
(いや、行かないで。離れるなって、愛してるって言って...)
「今日は、お言葉に甘えて先に寝ますね」
(今すぐ抱きしめてほしい.......)
自分の内と外の心がせめぎ合い、上手く笑えない。
「空良」
「えっ、........ん!」
掴まれた手は優しく引き寄せられ、そのまま唇が重ねられた。
「..........っん」
余りにも優しく、腫れ物に触れる様に口づけるから、必死で耐えていた涙は限界を迎えて溢れ出した。
「っーー、」
「阿保が。無理しおって.......」
信長様は唇を離し、呆れた声で呟いた。
「空良、心の内を全て吐き出せ」
言葉は強引だけど、その手は優しく私の頬を撫でる。
「うーーーーっ」
(間も無く、ご正室をお迎えになるって本当ですか?)
「空良、答えよ!」
(信長様は誰を選ぶの?左大臣様縁の姫君?それとも大名の姫君?)
「な、何でもありません。ただ、未だ行方のわからぬ兄の事を思い出してしまって悲しくて......」
誰を正室に迎えるかなんて、こんな事聞けるわけないのに、心の中はどろどろと嫌な思いが渦巻く。