第25章 試練〜試される心〜
「天下人には天下人達の世界があるように、俺たちにも俺たちの世界がある。俺たちの故郷へ帰ろう」
「私達の、世界?」
「そうだ」
嘉正様は、嘘はついてはいない。朝廷内で、帝の次の権力者である左大臣達や、未だ何の和議も成立していない中国や四国地方の大名達。その姫君との縁談が現実となれば、天下布武への大きな布石となる事は間違いない。
「空良、このままお前がここにいても、お前の存在はやがて織田様にとって、いやご正室になられるお方にとって邪魔となり、ひいては両家の同盟に綻びが生じる原因となる」
「私の、せいで?」
「そうだ。だからお前は、脅されてまでここに留まる必要はない。俺が連れ出してやる」
「違う、私は脅されてなんて.....いない」
私が、信長様のお側にいたくているのに、それすらもダメなの?
「混乱するのも分かる。世話になった者もいるだろう。だがお前がここに留まれば、ここはお前の家の様に襲撃を受けるかもしれない。それでもいいのか?」
私がいるだけで、襲撃が?
ご正室の方を迎えた折には、でしゃばらずにひっそりと信長様をお慕いし支えて行こうと思っていたのに、それすらも邪魔になるの?
「いいわけ、ない。...........でも」
信長様と離れることなんてできない。
今朝だって、夕餉には間に合うように戻るって約束をしたし、遅れたら仕置きだと言われて口づけられた。
そんな温かで幸せなやり取りができる時を、今すぐに手放すことなんて出来ない。
「っ、....せめて、お礼だけでもお城の皆んなに言ってお別れをしたい」
どうしよう。
どうしよう。
どうすれば、いいの?
「...............分かった。ならば明日のこの時間、この茶屋で空良を待つ事にする」
「明日!?そんな急に......」
「俺も何日も家を空けるわけにはいかない。明日にはお前を連れて越前に帰る。お前も聞き分けてくれ」
そう言って机の上にお茶代を置くと、嘉正様は先に茶屋を出て行った。