第25章 試練〜試される心〜
「え?」
「あんな事があったんだ。その後、女の身一つで生きていく事がどれほど大変であったかが分からぬ程俺も世間知らずではない。こうしてまたお前に会えた。それだけでもう過去のことは水に流せる。空良、会いたかった」
「ちがっ............っ!」
私の両肩を持つ手は背中に回り、有無を言わさず抱きしめられた。
「っ、待って、嘉正様。話を聞いて下さい。私は....」
嘉正様の胸を両手で押して何とか身体を離し、今度こそちゃんと聞いてもらおうと口を開いた。
「空良、何も言わなくてもいい。本当は、脅されているんだろう?」
「は?何、言って......」
「先程の男達も本当は護衛ではなく見張りで、お前が逃げられない様に見張られているのだろう?言いたくはないが、織田様がお前を無理矢理本能寺より連れて帰り天主に閉じ込めているのは聞いている」
「だ、だから違います。私と信長様は...」
「もう何も言わなくていい。辛い思いをさせてすまなかった」
恋仲なのだと伝えたいのに、嘉正様は私に一言も喋らせるつもりはないらしく、再び私を抱きしめた。
許婚として、ゆくゆくは夫婦になるつもりであった嘉正様との抱擁は、ただただ私を焦らせる。
今のこの状況は、間違いなく信長様を裏切っている気がして、私は必死で身を捩った。
「空良、お前の父上と母上も、俺達が夫婦となる日を楽しみにしていたはずだ」
「.............っ」
「越前に戻り、お父上達の供養をしてやりたいとは思わぬのか?」
「それは.....」
日々のお祈りと月命日には必ず経を唱えてきたけれど、何の供養もできずにいることは確かで、それは私が一番気になっていた事だ。
「兄上の行方も気にならぬか?急な事でお前も驚いたと思うが、積もる話もある。少し茶でも飲みながら話そう」
痛い所を突かれた私に拒否権などもはやなく、それにはるばる越前から私を探しに来てくれた嘉正様を突き放す事もできるわけなく........
「........はい」
促されるまま、私たち二人は近くの茶屋へと入った。