第3章 侍女の仕事
気づけば、信長の手はいつの間にか私の手から離れていて、床に置かれている。
この紐を引っ張っているのは間違いなく自分なのだと気づく。
殺されかけていると言うのに、私の下で寝転がる男は、動じる事なく私を見つめ続ける。
「っ、見ないで.........」
視線に耐えきれず、紐を引く手に力を込め一気に引っ張った。
「............っく..」
紐は一気に信長の首に喰い込み、信長は僅かに目を細めて苦しそうな声を漏らした。
(はっ!)
呻き声で我に返り手を離し、慌てて信長から飛び降りて壁にぶつかるまで後ろへと下がった。
「あ、...............私........」
小刻みに震える自分の手を見ると、紐を握っていた部分が真っ赤になって汗ばんでいる。
それだけ.......力を入れたという事だ.....
「どうした....殺らんのか?」
信長がむくりと起き上がり、首に巻かれた紐を取った。
「あ............」
うっすらと、信長の首には紐の跡が付いている。
私が........殺そうとした痕だ......
「っ..............」
人を.....殺そうとするとは、こう言う事だ....
分かっていたけど、分かっていなかった.........
本能寺の夜、この男を殺そうと思ったのは本心で、今だって、目の前で不適に笑うこの男を殺したい。
でも.............
『俺が信長様に仕えて以来、初めて誰かをお側に置くと仰ったんだ。信長様は日々の激務で大変お疲れだ。侍女として信長様によく仕え、お疲れを癒して差し上げてくれ』
昼間、秀吉さんに言われた言葉を思い出す。
こんな男でも、大切に思っている家臣がいる。
僅かな時間でも、共に過ごしてこの男の事を少し知ってしまった事は失敗だった......
本能寺の時と仇を討ちたい気持ちは変わらなくても、殺す事に躊躇う気持ちが生まれてしまった.......
「................貴様の負けだ」
気づけば、信長が目の前にいて私の両手首を掴んでいた。