第1章 本能寺の変
1582年6月21日本能寺
梅雨時だと言うのに、その日は雨も降らず天候に恵まれ、夜空には雲ひとつなく、月が光り輝いていた。
「空良、今宵ついに我らが宿敵、織田信長を討ち果たす時が来た」
顔に大きく斜めに切りつけられた痕のある袈裟姿の僧侶が私に話しかける。
「はい、顕如様。必ずや作戦を成功させ、亡き父と母の仇を討ちたいと思います」
私はその身に懐剣を忍ばせ、顕如様と崇める僧侶に頷いた。
「恐れる事はない。必ずや我が同胞がお前を守ってくれる。蘭丸も近くに控えている。何かの時はお前を助けてくれるだろう」
「はい」
私は今宵、本能寺にいる織田信長を討つ!
母の形見である懐剣を着物越しにぎゅっと握り、本能寺のある方を睨む。
「蘭丸から入った情報によると、信長は本能寺の大広間から北へ行ったこの客間に閨を置いている。既に蘭丸によって薬が盛られ眠っているはずだ。お前が本能寺に入ったのを見て寺に火をかける。奴の命を奪ったら、蘭丸と共に速やかに逃げよ」
「はい」
ゴクリと喉がなった。
手も、身体も震えるけれど迷いはない。
私の父と母の命を奪った憎っくき信長の命を、必ずや奪ってみせる。
「さあ、行くが良い」
顕如様に背中を押され、林を抜けて夜の本能寺へと歩いて行く。
既に配置されていた顕如様の密偵達によって、私は難無く寺の中へと潜入できた。
廊下で僧侶とすれ違っても、私はこの寺で働く女中達と同じ格好をしている為、誰も怪しむ事はない。
信長付きの小姓として安土城で情報収集をする蘭丸様お一人では、他の武将達の目を欺けないかもしれないと、確実に信長の息の根を止める為、寺の女中に扮しても怪しまれない私がこの作戦の実行者として選ばれた。
寺の大広間を過ぎて北へと廊下を進む。
ドクンドクンっと、心の臓は破裂しそうなほど大きく鼓動を打つ。
あと、少し.....
「父上、母上、私に力をお貸し下さい」
お二人の仇を討つ力を.....
「空良、こっちだよ」
蘭丸様が、ある部屋の前で膝をついて身を屈めて私を呼ぶ。
そこが、宿敵信長のいる部屋。