第21章 焦燥
「無論、その娘と空良は何の関係もないと伝えましたが、本人は納得はしておりません。独自の調査で、御館様が本能寺より連れ帰った空良が実は本能寺の女中ではない事も調べ上げております」
「そうか......」
ここへ来て、空良と言う名を伏せなかった事が悔やまれる。たかが領主如きが調べ上げられると言う事は、空良の屋敷を襲った奴は既に突き止めておる。
「この男、如何致しますか?」
「好きに探らせておけ。許婚とは言え、所詮は好いた女に指一本触れることすら出来なかった男だ。突き止めた所で空良は渡さん」
今更のこのこと出てきたとて何になる?
「それについても理由を語っておりましたが.....お話しした方が?」
「ふんっ、聞かぬと言っても貴様は話す気であろう。聞いてやるゆえ手短に話せ」
光秀が含みを持たせるには理由がある。
「待っていたそうです」
「何をだ!手短に話せと言ったはずだ!」
苛立たしい!
「幼き頃より親同士が決めた許婚と言うのはあくまでも空良が思っている事で、嘉正の方は一目で空良を気に入り、かなり強引にこの婚約を内定させた様です。空良が少女から大人の女性へと成長していく過程を大切に見守り、夜襲に遭わなければその年の瀬には夫婦となる予定であったと」
光秀の口の端がまた上がった。
「光秀、言いたいことがあるなら申してみよ」
「いえ、別段何もございませんが、嘉正は諦めてはいないという事です」
「構わん、好きにさせておけ」
其奴がじたばたした所で空良は俺のものだ。そこまでの執着を見せるのであればなぜ空良を危険な目に合わせた?
泣く事を封印するまでに追い詰められた空良の気持ちも知らず愛を語るなど笑止千万!
「一つだけ確認させろ。其奴も空良の屋敷が襲われた理由に心当たりは無いのだな?」
「無い、と言っておりました。空良の父親は、それは真面目な領民思いの領主で、特に空良の母親を大切にしており理想を絵に描いたような家族であったと」
「そうか」
奴が大切に愛されて育った事は、空良自身を見ておれば良く分かる。そんな温かなものを一晩で失った奴の気持ちは如何程であったか。